《03-18》

「萩人と言ったな」

 

 まろみが顔を向ける。

 

「春乃を放せ」

 

 萩人が春乃の束縛を解いた。

 

 開放された春乃の方は肘を押さえながら、覚束ない足取りで数歩の距離を取る。

 

「そ、そんなバカな」

 

 先ほどの撫子と同様に当惑の表情を浮かべて呟く萩人。

 

 まろみの視線が周りの黒タイツに移動した。

 男達に緊張が走る。

 

「お前ら誰に武器を向けておる。無礼であろ。捨てよ」

 

 ガシャガシャと音を立てて、全ての短刀が床に落ちた。

 

「動くな。全員だ」

 

 黒タイツ達を初め、萩人や撫子までがピタリと固まった。

 

「春乃、大丈夫か」


 近寄って尋ねるまろみに、大粒の汗を浮かべながらも笑顔を作る。

 

「これくらいは平気だよ。でも、何が起こっているの?」

「これが余の力。余の言葉は全ての人間を支配する」

「そんなの、ありえないよ」

「ありえぬ力故、化け物なのだ。今から面白い物を見せてやろう」

 

 春乃から離れて撫子の前に移動。

 ゆっくりと手を伸ばして、撫子の頬に軽く触れる。

 

 何もできないという恐怖に撫子が顔を引きつらせた。

 

「そんな顔をするな。折角の美人が台無しだぞ。ふふ」

 

 撫子の唇が震えた。

 言葉を発しようにもできないのが解る。

 

「萩人よ。こっちに来い」

 

 懸命に抵抗するが、足は意思に反してまろみの方に向かう。

 

「俺に何をさせる気だ?」

「なかなか鍛えているようだな。流石は桔梗の犬といったところか」

「答えろ!」

「やれやれ口の利き方を知らん奴だな。まあいい」

 

 撫子に指を突きつけた。

 

「こやつを殴れ。全力でな」

 

 言葉を発する暇すらなかった。

 萩人が硬く握られた拳で撫子の頬を容赦なく打ち付ける。

 その威力は、か細い少女に耐えられる物ではない。

 撫子の身体が後ろに跳んだ。

 

「蹴れ」 

「止めろ!」

 

 萩人の叫びも虚しく、踏み込んで腹部を蹴り上げた。

 撫子が両手で腹を押さえ、吐しゃ物を撒き散らしながら転げ回る。

 

「もう止めてくれ。頼む」

 

 懇願する萩人に対し、

「踏め」

 しかし、まろみは更なる命令を下す。

 

 振り上げた足が撫子の顔面に落ちる。

 雑巾を叩き付けたような湿った音と共に、撫子の動きが止まった。

 

「そこの二人、立たせてやれ」

 

 黒タイツの男が、それぞれ肩を貸す形で撫子を立たせた。

 

 がっくりとうな垂れている撫子を、まろみが下から覗き込む。

 

「いい顔になったじゃないか。何か言いたいことがあれば聞いてやるぞ。喋るがいい」

 

 ううっと嗚咽の混じった呼気が漏れた。

 

「ウチが、ウチが悪かった。堪忍や。堪忍して、堪忍して下さい」

「安心しろ。余は寛大だ。貴様らに似合う形で幕引きにしてやる」

 

 冷たくそう告げると、地面に落ちていた短刀の一本を拾う。 

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