《03-19》

「萩人、仕上げだ。受け取れ」

 

 意図を解し、萩人が小さく首を振った。

 だが、右手は差し出された短刀を握る。

 

「さあ、それを撫子の胸元に……」

「止めて! 止めてよ! まろみたん!」

 

 目の前で起こる惨劇に我を失っていた春乃が、ようやくにして制止の声を上げた。

 

 まろみが言葉を詰まらせ、迷いを浮かべる。

 が、それも一瞬、残酷な意志が瞳に戻った。

 

「春乃、余がいいと言うまで、目を閉じて静かにしているのだ」

「いやだ! 僕は黙らない! 目も閉じない!」

「余の命令に抗するだと? どういうことだ?」

 

 まろみが驚愕に目を見開いた。

 

「春乃、説明しろ。説明するのだ!」

「知らないよ! 僕が解るのは! 今のまろみたんが間違っていることだけだよ!」

「ま、間違ってなぞおらん」

「間違ってるよ! こんなの!」

 

 怒鳴る春乃の勢いに気圧され、まろみがじりじりと後ろに下がる。

 

「抵抗できない相手を残酷な方法で傷つけて! しかも命まで奪おうとまでするなんて! こんなの人間のすることじゃない!」

「余の力を見たであろ。余は人間ではないのだ。余は化け……」

「ただの人間だよ! どこにでもいる普通の女の子だよ!」

 

 そう言い切られては反論できない。

 苦し紛れに会話の矛先を変えるしかなかった。

 

「しかし、こいつらを許すことはできん。余はこいつらに報復する権利がある」

「人が人に報復するなんて、そんな権利あるわけないだろ!」

「だが、それでは余の気が……」

「解ったよ。まろみたんがそう言うなら、もう止めない」

 

 そう言うと、まろみの脇をすり抜け撫子の前に立った。

 左腕で包み込むように、撫子を抱きしめる。

 

「さあ、僕と一緒に撫子さんを刺すように命令しなよ!」

「な!」

 

 まろみが明らかに狼狽する。

 

「ホンマ阿呆やな。騙した相手の為に身体張ってどうするんや」

 

 撫子が弱々しい声をこぼす。

 

「アンタみたいな阿呆と心中はまっぴらや。離れとき」

「嫌だ。僕はどんな形でも、まろみたんに人を殺めたりさせない」

 

「なんや、そういうことかいな」

「さあ、早く命令しなよ!」


 まろみが口を微かに動かす。

しかし、それは明確な物にならなかった。


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