《03-20》

 数秒間の重い沈黙の後、まろみが肩を落とした。

 

「もういい。止めだ。みんな、余の前から消えるがいい」

 

 束縛の解けた萩人が撫子に駆け寄る。

 上着を脱いで頭から被せると、丁寧に抱え上げた。

 

「お前に借りができたな」

 

 そう言うと、春乃の右腕を掴んで捻る。

 ごきゅっと気持ちの悪い音と共に腕が戻った。

 

 春乃の腕は折れていなかった。関節を外されていただけだ。

 

「この借りは返す。必ずな」

 

 乱暴な施術に蹲る春乃にそう残すと、黒タイツの誰かが開けたのだろう、出入り口のシャッターから外へと出る。

 すぐさま黒タイツ達が後に続く。

 

 素早い撤収。

 狭い店内に残ったのは、まろみと春乃だけになった。

 

「良かった。まろみたんが思い留まってくれて」

「何をしている。お前も消えるのだ」

「嫌だよ。どうして僕が消えなきゃいけないのさ」

 

 右手の感覚を確かめながら、春乃が答える。

 

「春乃、余の力を見たであろ。余は……」

「ただの女の子だよ。今も昔も同じ」

「だが、今の余は……」

「はい。まろみたん」

 

 言葉を揺らすまろみに、ヌイグルミを差し出した。

 あれほどの事件に巻き込まれたというのに、相変わらず気だるそうな半目半口。

 

 ぼんやりとヌイグルミを見つめるまろみに、春乃はいつもと変わらない笑みを見せた。

 

 それにつられてまろみの口元が綻ぶ。

 

「要らなくなった?」

「いや。要る。要るぞ」

 

 受け取って抱きしめた。

 もこもこした感触が不安も虚勢も吸い取ってくれる。

 

「春乃よ。一つだけ頼みたいことがある」

「なに? 僕にできることだったらなんでもするよ」

「これからも、ずっと余の側にいて欲しい」

「もちろんだよ」

「いや、そういう意味ではなくてだな」

「え? どういう意味?」

「む、それを余に言わせるのか」

 

 まろみが僅かに頬を膨らませて、くるりと背を向けた。

 

「いいだろう。言ってやろうじゃないか」

 

 首元まで真っ赤にして、近くにいる春乃にすら聞き取れない小声で呟く。

 

「一度しか言わないからな。良く聞くのだぞ。その、余と、余とだな……」

「まろみ様! ご無事ですか!」

 

 飛び込んできた声に、二人が顔を向ける。

 

「え?」

「ん?」

 

 黒のトレンチコートにキャップという怪人の登場に、当然のリアクションを見せる。

 

「逃走した連中は小鬼田以下、武装風紀委員第一斑が追撃中です」

 

 直ぐ近くまで寄ってくると、姿勢を正し敬礼。

 

「凛華だったのか」

「凛華さんだったんですね」

 

 ようやく気付いた二人。しかし、そうなると次の質問が出てくる。

 

 

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