《07-25》

「随分とタイムロスしちまった。待ってろよ、草陰」

 

 函辺がふらふらと校舎の中に消えてから数十秒後。桜木が起き上がった。

 キョロキョロと周囲を見回し、状況を理解したのであろう。胡坐を組んで、溜息をこぼす。

 

「あぁ、負けちゃった。っていうか二人掛りだったし、武器とか使ってたし」

 

 桜木 咲夜は類稀なる格闘センスを持つ。

 

 相手の呼吸や筋肉の緊張具合から瞬時に次の動きを予想する。

 また、空気の微かな揺れを感じ取り、飛び道具にも完璧な対応が可能。

 攻撃の際には相手の力の流れを見切り、それを利用。

 自身が持つ力の数倍の打撃を繰り出す。

 

 これらの技術は鍛錬で身につけた技術ではない。

 生まれついての才能。なんとなくできるのだ。

 

「まさか、自分をスタンさせるなんて思わないしさ」

 

 そのトリッキーな戦い方は、気絶した相手には使えない。

 純粋な腕力で言えば、彼女は同年齢の女子より少し上というレベル。

 今回のような状況になったら「詰み」なのだ。

 

「まあ、相手が正義の味方ならしょうがないよね」

 

 立ち上がって、パタパタとお尻をはたく。

 

 追えば直ぐに追いつく。しかし、彼女も戦士。

 相手を讃える気持ちはあれど、未練は欠片も……。

 

「でも、座学の免除は欲しかったなぁ。もうちょっと、もうちょっとだったのにぃ」

 

 あるようだ。

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

 ハンマーを振り下ろそうとした矢先、靴に何かが触れた。

 こつんと小さな音が出る。

 

 それに気付いて春乃が振り返った。

 

 素早く後ろ手にハンマーを隠すと、いつもの微笑を浮かべる。

 なんとなく人に安心感を与えるよう訓練された表情だ。

 

「涼城さん」

 

 見慣れた顔に、春乃が安堵の息をつく。

 

「申し訳ありません。驚かせてしまったみたいで」

 

 どうやらハンマーには気付かれずに済んだ。

 平静を装いながら、視線をちらりと下げる。

 足先でリクガメが這っていた。

 

 忌々しい爬虫類。蹴り飛ばしたくなる。

 

「涼城さんは、どうして、ここに?」

「ドアが開いていたので覗いたんです。そうしたら、草陰様がいらっしゃって」

「そうだったんですね。ところで、今日の集会には出てなかったんですか?」

「はい。今日はまろみ様の衣装を整理する当番だったので」

「一人で、ですか?」

「はい。まろみ様の衣装管理は近衛侍女隊の任務の一つ。交代で整理しているんですよ。ご存知ありませんでした?」

 

 春乃が知っているはずがないと見越した上での嘘だ。

 

 

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