《02-08》
「間違っているのは解っています。でも、僕はそうします。大袈裟かもしれませんけど、僕は世界中の全てを敵に回しても、まろみたんの……」
「くふっ」
凛華が口元に手を当て、小さな笑い声を漏らした。
予想もしていなかった反応に、春乃は固まってしまう。
しばらく肩を震わせた後、眼鏡を外し溜まった涙をそっと拭った。
「久しぶりに随分と笑わせて頂きました。まさか、こんな恥ずかしい台詞を真顔で口にする方がいるなんて、ある種尊敬の念を抱いてしまいます」
「そ、そんな言い方って」
「いえ、失礼しました。ここを去って欲しいと言ったのは冗談です。私は人を楽しませる才能に乏しく、時折誤解を招いてしまうのです。忘れて下さい」
眼鏡を掛け直した。
その瞳からは先刻まであった険しさが消えていた。
「これからも、亀の餌をよろしくお願いしたいと思っています。よろしいですね?」
「もちろんです、御形さん」
「凛華です」
「え?」
「私の名前は凛華です。堅苦しく苗字で呼ばれるのは好みではありませんので、以後、凛華と呼称して頂けるようお願いします」
「はい。解りました。凛華さん」
「あ、それと、その」
凛華にしては珍しく言葉を揺らした。
が、直ぐに意を決したらしく、右手を差し出す。
「不意にですが、昨日、握手を求められていたのではないかと思い至りました。今更ではありますが、よろしければ」
「はい。これからよろしくお願いします」
一日遅れの握手を交わした。
「凛華! どこだ? どこにいるのだ?」
副官の所在を尋ねる声が近づいてきた。
と、ほどなく小柄な支配者が姿を見せる。
「まだここにいたのか。なにをしておるのだ?」
「春乃様に口説かれておりました」
「な!」
まろみと春乃が同時に声を上げた。
「なかなか粘り強く頑張られるので、お断りするのに苦慮していたところです」
「春乃、どういうことだ! どういうことなのだ!」
「口説いてなんかいないよ!」
「現に凛華がそう言っているではないか! お前はそんなふしだらな男だったのか!」
「違うってば、ね、ちょっと僕の話を……」
「まろみ様、時間がありません。続きは夕刻に」
「むうぅ! 春乃! ちゃんと説明してもらうからな!」
ドスドスと床を踏み鳴らしながら離れていくまろみの背中を見ながら、春乃が恨みのこもった目を凛華に向ける。
「酷いじゃないですか、凛華さん」
「冗談だったのですが、やはり私はユーモアのセンスに恵まれていないようですね」
当惑する春乃に凛華がちろりと舌を出した。
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