第114話 少年期 商人とは

「良かったんですか? あんな値段でやっと手に入れた万能薬を売ってしまって」

 シオンたちが帰った後、部屋にはロッソとお金の集計を頼まれた店員だけになっていた。

「まぁ、普通に考えたら良くないやろな」

 ロッソは当然のように言ってのけた。その様子を見て店員が大きくはぁとため息をつく。


「……雇い主に向かってこれ見よがしにため息つかんでくれへん?」

「必死の思いで万能薬を手に入れたのは私ですから、その権利はあると思いますけど?」

「……まぁ、それは置いといて、あのシオンって子、Aランク以上の冒険者になれると思うか?」


 旗色が悪くなりそうなのを察してロッソは露骨に話題を変えた。思い切りジト目で睨まれているが素知らぬ顔でやり過ごす。


「そうですね……正直、話してもないし一目見ただけですけど……」

「かまへん、かまへん」

 店員はそう前置きして、手を顎につけて考え込む。

「恐らくBランクまでは確実だと思いますね」

「随分と評価してるやないか。理由は?」

 興奮気味にロッソが尋ねる。


「まず、12歳でDランクの冒険者になっていること」

「なんや盗み聞きしてたんか」

「セシリーさんからの依頼だろうと商談にくる相手の素性ぐらい事前に調べますよ」

 呆れたように店員が告げる。


「相変わらず真面目やな。それで、他には?」

「後は彼の周りの関係ですね。12歳でDランクになれるほどの才能を持ち、鍛えて貰える土壌がしっかりしているならBランクぐらいは行くと考えました」

「なるほどなー」

 ロッソはソファーに思い切り背中を預ける。


「逆になんでAランク以上になると考えなかったん?」

「あんな一瞬では判断がつきませんね。それにBとAとでは実力にかなりの差がありますから」

「流石、元Aランク冒険者。言葉の重みが違いますわ」

「それはどうも」

 店員は答えながらテキパキとテーブルの上を片していく。


「そう言うロッソさんはどう思ったんです?」

「僕か? そうやなー、希望を言えばSランクやね!」

「そりゃあ、そうでしょうね。彼がSランク冒険者になれば契約上うちの儲けも大きくありますから」

 冷たい視線がロッソを襲う。


「そんな怖い顔せんでくれ。ちょっとしたお茶目やんか」

「なら早く答えて貰えますか?」

「わかったって」

 相変わらず冗談が伝わらないやつや。ロッソは心の中でため息をつきながら考え込む。


「僕はAランクまでは行くと思う」

「理由はなんですか?」

「ほぼジェイド君が言った通りや、才能があって育つ環境がある。当の本人が怠けない限り成長するに決まっとる」

 うんうんとロッソが頷くも、ジェイドは納得していないように目線で訴えかける。


「……」

「……」

「……わかったって」

 根負けしたロッソが口を開く。


「実はセシリーからシオン君が万能薬を買おうとしている理由を聞いてるんや。ちょっとしか関わったことのない獣人の子のお姉さんの毒を治すためらしいんよ」

「そうなんですね」

「いや、反応薄いな。ここは『そうなんですかっ!?』って感動するところやないか!」

「商人として生きていくと決めた以上、情に流されるつもりはありませんので」


 商人は冷徹であれ。それはこの国の商人であれば誰でも一度は耳にする言葉だ。成功するために1番必要な素養とも言われている。ジェイドは暗にそう言っているのだ。


「まあええ、それはともかくや。あれぐらいの子であれだけの実力を持っていたら、普通もっと偉そうにするもんや。まして養子とはいえ伯爵家の3男、やたらめったら威張り散らしててもおかしくないやろ」

「そうですね」

「やろ、なのに他人の為にあれだけの大金を平気でぽんと出せる。それもまだ差別が根付いている獣人にや。こんな言い方良くないけどメリットはほとんどないやろ」

 ジェイドは頷く。


「ローゼンベルク領は獣人に対しての差別や偏見がほとんどないと言われてますからその影響かもしれませんけど」

「確かに育った環境も影響してるやろう。けどな、それを踏まえてもあんなこと早々できへんわ。それに……」

 ロッソはそこまで告げてジェイドに目を向けた。

「あの目は大物になる」


「色々喋ってましたけど、要は勘ってことですか」

「ちょい、そんな時間の無駄でしたみたいな顔せんでくれる!?」

「それよりもどうするんですか?」

「なにがー?」


「客寄せとして買ってきた万能薬売ってしまったんですから、レイアウトを変えないと」

「ああー、それについては問題ないな」

「……なんでですか?」

「だってジェイド君持ってるやろ? もう一個万能薬」

 にっこり。

「……」

「……」

「……はぁ」

 ジェイドは深いため息をつきながら万能薬を懐から出す。


「これはもう少し経ってから店頭に並べるつもりだったんですけど」

「まあ、普通はそうそう売れへんからな」

「価格は前と同じで大金貨200枚でいいですか?」

「いや、400枚にしよか」

「正気ですか?」

 

 200枚でも売れる気がしないのにそれの倍なんてどう考えてもありえない。

「大丈夫、大丈夫。商人の勘が言ってるんや。近々倍の値段でも売れるってな」

 ロッソは糸目のまま口元を三日月に曲げる。

「……わかりました、では400枚で店頭に並べておきます」

「よろしく頼むで」


 やれやれ、ジェイドもまだまだやな。交渉や店舗運営に関してはもう1流やけど。  

 ロッソはゆっくりと立ち上がり、グイっと伸びをする。


 君からしたら娘とシオン君の頑張りに免じてみたいな風に映ってたやろう。

 商人は冷徹であれ。

 この国の商人ならば必ず一度は聞いたことがある言葉。だが、あまり知られていないがこの言葉には続きがある。

 

 商人は冷徹であれ、ただしそれを誰からも見抜かれるな。


「お金なんて取れるところから取ればええんや」

 ロッソは呟くと不敵に笑った。

  


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