第26話 少年期 家族
「やはり驚かないのだな」
カールは低い声で言った。
「薄々は気づいてました、僕だけ髪の色が違いますし……」
髪の色は遺伝によるところが大きい。カールは銀色、アデリナは金色。そんな二人から漆黒のように黒い髪のシオンが生まれることはほぼ有り得ない。
シオンは他の兄妹に視線を移す。ブルーノとティアナは銀色の髪を持ち、ミヒャエルとリアは金色だ。輝き方や質感など細かな部分は違うが、しっかりと両親の遺伝子を受け継いでいることがわかる。それがいつからか羨ましく思えた。
「それに……おぼろげなんですが、森の中で僕を抱きかかえてくれた父さんの記憶があるんです」
「……そうか……」
カールは視線を下げティーカップの水面をそっと見つめる。
「父さん、僕を拾った日のことを教えて貰えませんか?」
「……わかった。だが、その前に。シオン、お前が俺の本当の子供ではなくても、お前は俺の大事な息子だ。それだけは決して忘れるな」
「……はい、父さん」
「うむ……」
カールは鷹揚に頷くと、シオンと会った日のことを話し始めた。
「お前と出会ったのは今から12年前。領内の魔物を討伐するために向かったオーデンヴァルトの森になる」
オーデンヴァルトの森はシオンたちがいる街から街道を進み、十キロ程度離れたところにある。かなり大きな森で全体の半分は隣の領主であるシュルツ子爵家の領内にもまたがっていた。
「今でこそ魔物がほとんどいない森になっているが、当時はまだそこそこの数の魔物が生息していてな。定期的に討伐に向かっていたんだ」
「数十匹の魔物を打ち取っていると、辺りは次第に暗くなってきていた。鬱蒼と生い茂った葉が日の光を遮るから辺りは一瞬にして暗くなる。魔物は夜目が聞くし、夜の方が活発になる。今日はこれまでにしようと部下に声をかけた時だ。森の奥の方から赤ん坊の泣き声が聞こえたのは」
「最初は聞き間違いかと思った。部下たちは何も聞こえなかったと言っていたしな。だがこの森は街からいけない距離じゃない。それに行かなければならない気がしていた。結局私は部下に森を出てすぐのところで待機を命じて奥に進んでいった」
「襲い掛かってくる魔物を切り伏せながら進んでいくと森の中で少しだけ開けた場所にたどり着いた。眼前に木々の中でも一回りは大きい大木が見え、引き寄せられるように近づくと、その根元におくるみに包まれた赤ん坊がいた。夜のとばりのような黒い髪を持った小さな男の子だ。シオン、それがお前だ」
「そうだったんですね……」
シオンはゆっくりと口を開く。自分でもいまいち感情がよく分からなくなっていた。
「シオンを生んだ親は見つかってないの?」
ティアナが尋ねる。カールは首を横に振った。
「そう」
「その、母さんは僕を養子にするときどう思ったんですか?」
「あら、私?」
シオンの言葉にアデリナは頬に手を当てた。
「そうねー、カールが赤ん坊を抱えて屋敷に戻ってきた時、あれだけ浮気は駄目と言ったのにそよで作った子供を連れてきたのねと思って、半殺しにするかで全殺しにするかで悩んだわー」
「えっ?」
予想外の言葉にシオンは耳を疑った。
「あの頃は私もまだ若かったからー」
うふふとアデリナは優しく微笑んでいるが、何故だかその顔が急に怖く感じる。リアも同じようでいつの間にかシオンにぴったりとくっつき腕をつかんでいた。
「でも顔を見てすぐに心を掴まれたわ。なんてかわいらしいんだろうって。それからカールから森で見つけたと聞いて、すぐにうちの養子にすることに納得したわ。むしろこんなかわいい子の母親になれて幸せと思ったくらい」
アデリナの表情から本心なのは間違いなさそうだ。と言うことはさっきの発言も本心なのか……
「シオン、今まで黙っていてすまなかった」
「父さん⁉ 頭を上げてください」
「聡いお前のことだ、きっと色々なことを考えてしまっていただろう。もし本当の親を見つけたいというなら、手伝うつもりでいる」
「それは……」
「シオン、私たちに遠慮しなくていいのよー」
アデリナが追随する。
本当の両親について気にならないと言えば噓になる。でも……
シオンは周りを見回した。自分のことを真剣に考えてくれている両親、時に厳しく、時に優しく接してくれるブルーノ、ミヒャエル、ティアナ。懐いてくれているリア。他にもフェリやエマ、アルベルト、ダーヴィットと言った使用人たち。周りの人に沢山助けられてここに生きている。誰もがシオンが本当の伯爵家の子供じゃないと分かっていながらごく自然に、当たり前に接してくれた。
「必要ないです」
目じりに涙を浮かべながらシオンは笑った。
「だって、僕の家族はここにいますから」
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