第47話 少年期 問答

 リアは逃げ切れたんだ。よかった、本当に。シオンは密かにほっと胸をなでおろした。

「じゃあ、次は俺の番だな」

 ギースの言葉にすぐに身構える。何を聞いてくるのか。

「ああー、とりあえず氏名と年齢を教えて貰おうか」

「氏名と年齢、ですか?」

 もっと違った情報を聞いてくると思っていたシオンは思わず聞き返した。

「そうだ」

 ギースは蛇のように鋭い眼差しでシオンを見つめた。

 氏名も年齢ぐらいならいくらでも調べる方法がある。それなのにわざわざ聞いてきたのはなんでだ? 嘘をつくのか試している?

 逡巡したのち、シオンは口を開いた。

「……シオン・ローゼンベルク、12歳です」


「だろうな」

 やはり知っていたようでギースは大した反応もなく流した。

「しかし本当に12歳とはな」

 ギースは無遠慮にシオンをジロジロと見つめる。

「鍛えてはいるようだが、どこにでもいるような貴族のガキに見えるがなぁ」

「……次は僕から質問です」

「雑談は無視か、ああ」

「ゲオルグさんはどうなりましたか?」

「ゲオルグ? あのオッサンのことか?」

 シオンはこくりと首を縦に振った。

 

 また自分に関係のないことかよ。ギースは胸の中で毒づいた。こういった時、大体最初に質問してくるのは日時だったり場所だったりがほとんどだ。これまで捕まえた奴らも漏れなく現在の場所か日時を尋ねてきた。わが身可愛さに自分が置かれている現状の情報を集めるのが当然のはず。


 なのにこいつは2回続けて他人の安否の確認とはな。実は自分の状況を理解していない馬鹿なのか? 


 いや、そんなわけがない。大したことない部下たちとはいえ、多少なりとも荒事の経験がある数十人の大人相手にあんな大立ち回りをしてみせた。そんな奴が自分の状況を理解できていないわけがない。むしろ得られた数少ない情報から推察しているぐらいだろう。そんなやつだと思っているからこそ、情報を得られる絶好の機会を2回も不意にしていることが理解できないのだ。

 お前自分が惜しくないのか? 

 

「殺してはいない。騎士は続けられないだろうがな」

「……っ!」

 ギースの回答にシオンは唇を噛みしめた。騎士を続けられない。裏を返せば続けていくには支障が残るほどのダメージを与えてはいるということになる。こいつがゲオルグさんを再起不能にまで追い込んだ。怒りに任せてタックルしたくなるのをぐっとこらえる。力の入れ過ぎで切れたのか僅かに血の味が口の中に広がっていく。


 ……あの時ブルーノ兄さんが帰るときに一緒に戻るべきだったんだ。そうすればこんなことにはならなかった。

「泣かないのか? ガキはこういう時ピーピー泣くもんだろ」

「泣いたところで何も変わりませんから」

 ギースの言葉にシオンは気然とふるまう。本当は泣いてしまいたい。でもここで泣いてしまったらこの男に所詮ガキだと舐められる。それは避けるべきだ。

「可愛げがねぇな、本当に12歳かよ。それとも貴族の教育ってやつか? 俺にはわからない話だがな」


「まあいい、次の質問だ……」

 それから質問と回答を交互に繰り返していき、シオンは幾つかの情報を手に入れることができた。捕まってから3日が経過していること、隣国のブレスト共和国に奴隷として売りに出されようとしていること、彼らが父さんが言っていた『銀亭』であることなどなど。だが、同時にそれはシオンの情報がギースに入っていることも意味していた。


「これでお前を売るときに必要な情報はある程度そろった。そこそこの金になりそうで安心したぜ」

 ギースは得られた情報に満足したのか口元を三日月に曲げている。

「……」

「分かってるとは思うが逃げようと思うなよ」

「……」

「もし仮にお前が万全だったとしてもお前ひとりじゃ俺には勝てない。まぁ、頭のいいお前なら分かっているだろうがな」

 悔しいがギースの言う通りだろう。僕が万全の状態でも勝つどころか逃げることすら困難だ。それぐらい実力も経験も差がある。

「ギースっ!!!」

 2人の会話を遮ったのは馬車の外からの声だった。


「大事な用があるから話しかけてくんなって言っておいたよな?」

「それどころじゃねぇ!!!」

 声の主は相当焦っているのが伺えた。耳を澄ませば周りも慌ただしく動いているのがわかった。ギースも異変を察したようで面倒くさそうな表情を一転させた。

「追手がすぐそこまできてるっ!」

「そうか」

 平静を装っていたがシオンはギースの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。

「何人かに足止めさせろ。その間に速度を上げて予定通り今日中に領内を……」

「そうじゃねぇっ!」

 外の男が声を荒げる。

「奴ら50人以上いるんだよっ!」

「……確かか?」

「間違いねぇ、前後の警戒に当ててた若い奴が血相を変えて報告にきた! このままじゃ1時間もしないうちに追いつかれるぞ! どうする?」

「……ちっ、あぁぁぁ!!!」

 ギースは頭を両手で激しく掻きむしる。


 追手になりそうな近場に控えている騎士たちは全員で100名ぐらいだったはずだ。それは間違いない。ひと月近く準備していたんだ、その情報が間違っているとは思えない。ならなんでその半数がこっちに向かってきている? 


 領内から抜けるルートなんてそれこそいくらでもある。追手に見つかることは可能性としてあり得ると思っていたが、50人なんて考えにも入ってない。


 誰かが情報を漏らした? いやこのガキを攫うことに決めたのはあの時だ。そこから部下たちには初めて逃走経路を指示しているから、漏れるわけがない。

 だとすると……


「俺の行動が読まれた……?」

 言葉とは裏腹にギース表情は喜色をたたえていた。

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