第48話 少年期 追跡

「ミヒャエル様っ! 『銀亭』を確認しました」

 馬上のミヒャエルに先行して偵察していた騎士が報告する。

「……わかった、このまま速度を上げて追いつく。別部隊の準備は?」

「いつでも出発できます」

 別の騎士が気合十分に返す。

「なら手筈通り行う」

「はっ!」

「グレナさんの言っていた通りになってます……」

 ミヒャエルの一馬身後ろを続いていたフェリが驚きを隠せないように呟く。ミヒャエルも心の中で同意する。まさかここまで完璧に予想通り事が進むとは思っていなかった。ある程度の予想が立てられさえすればいい、そう考えていたのだ。


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 時は3日前、ギルドの一室に遡る。

「うちのギルドの管轄じゃなかったが、結構話題になっていたよ。武術も魔力もそれなりにできて、尚且つかなり頭の切れる冒険者だってな」

 グレナは木箱からたばこ葉を取り出し、キセルに詰めていく。

「……どうしてギルドを?」

 ミヒャエルは資料に目を通しながら尋ねる。


 Bランクの冒険者となれば準1流と言えるぐらいの実力がある。そんな人間がなぜ冒険者ギルドを抜けて盗賊のトップになった? 普通に考えれば冒険者としてキャリアを積んでいくに越したことはない。10代でBランクともなれば貴族や商人からお抱えの話も出てくるだろうし。抜けるにしてもそのギルドからかなり引き留められるはず。そうなると理由として考えられるのは……


「除名だよ」

 グレナはキセルに詰めた葉に火を付け煙を燻らせた。

「詳しいことは調べられてないが、奴がBランクになった半年後にひっそりと除名扱いになっている。結構なことをやらかしたのは間違いないだろうな」


「それで、私に何を聞きたい? 資料だけの為に時間もない中わざわざ訪ねてきたんじゃないんだろう?」

「ギースが逃げる場合どこに向かう?」

「漠然とした質問だね。白狼族の君はどう考える?」

「わ、私、ですかっ?」

 急に話を振られたフェリがしっぽをピンとたてる。

「そう、オーデンヴァルトの森で目的の伯爵家の末娘の誘拐に失敗した盗賊がどうやって領内を抜ける? ニーナ、地図を」

「承知しました」

 ニーナはあらかじめ予想していたのかすぐさま地図をテーブルの上に広げた。


 フェリはうんうんと唸りながら地図とにらめっこする。

「森を抜けてカイエン子爵領に向かうと思います」

「どうしてそう考えた?」

「その、追手がくる可能性が高い以上、すぐに領内から出たいはずです。なので一番最短で領内を抜けられるところを通ると思いました」

「なるほど、良い着眼点だ。もしカイエン子爵とローゼンベルク伯爵の仲が良くなければ間違いなくそこを通っただろうね」


 グレナの視線はお前はどうだ? と尋ねるようにミヒャエルに移った。

「……誰も捕縛していないならカイエン子爵領を抜けて違うところに向かうと思う」

「じゃあ護衛の騎士かシオン、あるいは両方を捕縛していた場合はどう考える?」

「その場合は森を出てヘルモント帝国方面か、ブレスト共和国方面に」

「その理由は?」

「ヘルモント帝国は武術に優れた者を高値で買う、ブレスト共和国は魔法適性が高い者を……」 

「ブレスト共和国だろうな」

 グレナがはっきりと言い切った。

「確かに帝国の奴隷商は武術に優れた者を高値で買うが、それはある程度の年齢まで。高値で買えない、移動中も邪魔をする可能性がある騎士は捕えずに殺すか、動けなくしてその場に放置するだろう」


 殺す。その言葉に室内の空気が張り詰めた。ゲオルグもシオンもまだ安否が分かっていない以上、最悪の場合だって考えられる。

「だが、ギースが調べた通り頭の切れる奴なら間違いなくシオンは殺さずに捕縛してブレスト共和国に売りつけるだろうさ。伯爵家の末娘を誘拐しようとしたのも、どこかから依頼を受けてのはず。そうなると依頼を失敗した以上、グロファイガー王国には居られない。とは言え、依頼は失敗したから依頼料が入ってこない、そう考えると目の前にいる魔法の素養がある少年を殺すなんて真似はしないだろう」


 グレナはキセルをふかして続ける。

「さらに言えば、『銀亭』側からしたらどこに逃げたかわからない以上一方向に向ける追手の数が少なくなると予想できる。仮に追手に見つかったとしても領内さえ抜けてしまえればすぐに手出しはできない。ここからブレスト共和国側の隣の領に逃げられてしまえばいいと考えているだろうな」

「……わかった、感謝する」

 ミヒャエルは聞き終えるとすぐさま部屋を出て行く。

「ミヒャエル様っ! ありがとうございました。失礼します」

 フェリも慌ててお礼を告げてその後に続く。

「カイエン子爵側に関してはギルドから冒険者を出しといてやるよ」

 グレナは急ぎ去っていく二人の背中に声をかけた。

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 ミヒャエルは追撃隊の騎士たちを集め僅かながら最後の休息を取らせていた。

「……シオン」

 目を瞑り弟の無事を祈る。

「ミヒャエル様、準備完了しております」

「……わかった」

 ミヒャエルはずらりと並んだ騎士たちの前に立った。

「これより『銀亭』からシオンを奪還する。主力部隊はそのまま奴らを追ってこれを殲滅、別動隊は僕と共に奴らの先回りをする」

「「「はっ!」」」

「作戦開始」

 その声に合わせて騎士たちが一斉に動き出す。

「ミヒャエル様お気をつけて」

 主力部隊に残るフェリが声をかける。

「そっちも頼んだよ」

「はい!」

 ミヒャエルはフェリが頷いたのを確認して、別動隊の騎士たちと目配せする。

「……行くよ」

 手綱を引き、ミヒャエルを先頭に別動隊10名が主力とは違う方向に走り出した。

 


 

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