第49話 少年期 静かな怒り
「二手に分かれるだとっ!」
ギースの発言に銀亭のナンバー2である男は声を荒げた。
「そうだ、このままじゃ領内を出る前に追いつかれる」
「こっちはただでさえ数で負けてるんだ!」
ナンバー2の言葉に周りの男たちが同意するように頷く。
「じゃあ、お前らはどう対策するつもりだ? 奴らはもうすぐ傍まできてるぞ」
「それは……」
その途端、がやがやと五月蠅くやじっていた男たちが一瞬静まり返った。自分で策も案も考えられないくせに文句だけは一丁前に言ってくる。だからお前たちが使えないままなんだよ。誰もギースと視線を合わせようとしない。
やっぱ、もう『銀亭』は終わりだな。ギースが思っていたことは確信に変わる。
「……実行の案を出して失敗したのはギース、お前だ」
「ああ?」
意を決したようにナンバー2が口を開いた。
「だからお前が責任を取る必要がある」
さも自分は被害者だと言わんばかりの発言に怒りを通り越して呆れてしまう。
「元はと言えばお前が勝手に依頼を受けてきたことが発端だろ。そもそもお前が目先の金欲しさに受けてきた依頼の尻拭いをさせられてんのはこっちなんだよ」
「……だとしても案を決め実行を指揮したのはお前だ。今回の件の失敗はお前に責任がある」
ナンバー2の意見に周りの賊たちが呼応するように声を上げる。声を上げているのはナンバー2の男と同じぐらい古参の奴らばかりだ。根回ししていることはすぐにわかった。
「……はぁ」
ほんとこいつら救いようがねぇ。やはり、ゴミはいくら集まっても所詮ガラクタってことか。
「じゃあ、二手に分かれるうち人数はそっちが8割でいい。その代わりガキは俺が連れて行く。それでいいか?」
「ああ、それなら問題ない」
満足げにナンバー2は頷いた。ほんと馬鹿な奴。そもそも二手に分かれる人数を2対8にしようとしていたギースは心の中で思い切りほくそ笑んでいた。
少しだけどシオン様の匂いがする。フェリはすんすんと鼻を鳴らした。銀亭の一団との距離は数百メートルまで縮まっている。
「全員、戦闘態勢を取れ! 我らの手でシオン様を奪還するのだ!!!」
主力部隊を任された騎士が声を上げる。
「「「おお!!!」」」
騎士たちが剣を掲げ、馬の腹を蹴り速度を上げる。その時だった。一団で逃げていた銀亭が二手に分かれたのだ。一方が左手に進みだし、もう一方が右手に逃げ始める。
「隊長いかがしましょう⁉」
騎士の1人が指示を仰ぐ。
「右手に逃げたほうは恐らく追撃にビビって逃げた奴らだ。本隊であろう左手の一団を追いかける!」
「承知しました」
追撃隊は左手に逃走し始めた数の多い一団に狙いを定め追いかけていく。
違う、こっちじゃない。
「フェリさん⁉」
フェリはシオンの匂いが弱くなっていることに気づき、馬を止めると右手に逃げた一団の方に馬を走らせた。
「急にどうしたんですか!」
ミヒャエルからフェリのサポートを任されていた数名の騎士たちがフェリの後に続く。
「あっちからシオン様の匂いがするんです!」
「……っ! わかりました! はっ!」
騎士たちはフェリの前に出て馬の速度を上げた。
これでようやく使えない奴らを切り離せた。ギースは左手に逃げていく『銀亭』の一団を見ながらほくそ笑んだ。右手に逃げたのはギースを含めて4名だけ。だがそれなりに実力を持っており、何よりもギースの才覚に惚れている者たちだった。
「騎士たちが左手の方を向かっていきます」
「上手くいったな」
馬車があるからどうかと思ったが、脱走した奴らだと思わせられたようだ。さて、後はあいつらが捕まるまでにどれだけ距離を稼げるか……っと。次の策を考えようとしていた視界の隅で数名の騎士たちがこちらに向かってきているのが見えた。
「ギースさん、数名の騎士がこっちに向かってきてます」
「ああ、みたいだな」
気づいたのか? それとも1部隊だけこっちに回すよう指示が出されたのか? まあ、どちらにしてもあの程度の数なら俺1人で十分何とかなる……
「ギースさん、やばいです!」
先行して先を進ませていた部下が馬を止め声を発した。今度は何だよ?
ギースはすぐさま部下のところまで進み、その先を確認する。
「おいおい、まじかよ」
視界の先には10名ほどの騎士たちが待ち構えていた。その中心にいる青年が追撃隊の指揮官であることはすぐに分かった。西日に照らされて輝く金色の髪はこのあたりじゃローゼンベルク家の人間しかいない。
ブルーノじゃないってことはあいつが次男のミヒャエルか? 俺の策を読んでいたかもしれない奴か。いや、たぶん読んでやがる。噂じゃあまり争いごとには参加してないみたいだが。ってそんなことはいまはいい。この状況、どうするか?
「ギースさん俺が奴を引き付けます、その隙に抜けてください」
「おい、よせ」
ギースが制止するよりも早く部下の1人がミヒャエルめがけて突進していく。
「……」
ミヒャエルはその様子をちらりと確認すると、前に出ようとする騎士たちを抑え、瞬く間に手のひらに炎を作り出し放った。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
直撃を受けた部下は落馬してピクリとも動かない。
やべぇな、これは。ギースはミヒャエルから届く威圧感をひしひしと感じていた。
本気で戦ったとしても勝てる気がしねぇ。額から滲んだ汗が首筋に流れ落ちていく。
ミヒャエルはシオンたちに見せたことがない鋭い眼差しをギースに向け、淡々と告げる。
「……シオンを返してもらうよ」
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