第50話 少年期 対決

「……やるしかねぇか」

 ギースは腰のダガーに手を添える。

「ギースさん、俺たちはどうすれば?」

「ガキは縛っといたか?」

「はい、言われた通り足も縛っておきました」

「わかった。お前らは俺の後に続いて馬車を走らせろ」

「わかりました」

「行くぞ!」

 ギースは前方の騎士たちに向けまっすぐに馬を走らせる。さあ、お前は攻撃できるか?


 まっすぐ突っ込んでくるのか……。

 ミヒャエルは手のひらをギースに向けるが一向に魔法を放とうとしない。正確には放てずにいた。馬上の青年は口元を三日月に曲げ腰のダガーをするりと抜く。その距離はどんどん近づいていく。残り200メートル。

「君たちは馬車を追えるように準備しておいて。あの男は僕が止めるから」

「了解しました」

 騎士たちは剣を片手にじっとその時を待つ。残り100メートル。

「どうした、攻撃してこないのか? ビビってんのか?」

 ギースがダガーをくるくると回しながら叫ぶ。

「……」

 ミヒャエルは返答せず馬をすっと降りる。残り50メートル。

「……いま」

「なっ⁉」

 ミヒャエルは一瞬にして辺りを霧で覆いつくした。


 まずいっ⁉

 ギースは暴れ出した馬を必死になだめさせる。

「終わりだ」

「……っ⁉」

 何とか馬を御した瞬間、真横から青い炎が飛んでくる。最初から馬車を後ろに直進してくることも予想済みかよっ!

 ギースは馬から飛び降り、地面を転がりながらなんとか炎を避ける。

「お前ら、そのまま突っ込め」

 ギースの眼前を馬車が走り抜けていく。それに続いていくいくつもの馬の足音。ダガーを構え相手の気配を探る。距離を取られたままだときつい。ギースは身をかがめながら気配の感じたところに走り出そうとするが、近づこうとするたび的確に炎が飛んできて思うように距離を縮められない。


 向こうも俺の気配を察知してるわけか……。口に入った砂を吐き出しながら腕で乱暴に顔を拭う。視界は未だ霧に覆われたまま。援軍の見込みはゼロ。まさに絶体絶命と呼べる状況。 

「……ふっ」

 冒険者の頃を思い出す。あの時にもこんな絶体絶命なことが何度もあった。自分の目の前でパーティの仲間が1人また1人と倒れ、自分1人だけが魔物に囲まれたこともあった。だが、それでも俺は今も五体満足でこうして生きている。

 ギースは自身に身体強化の魔法をかけ相手の出方を伺う。これだけの魔法、ずっと維持はしてられないだろう。案の定、その読みは辺り霧が次第に晴れていく。数メートル先にミヒャエルの姿が見えてくる。

「もう終わりだよ」

「おいおい、勝手に決めんなよ」

 気付けば周囲を取り囲むように数名の騎士たちが剣を構えていた。俺らを追っていた奴らが追い付いたのか。


「……もうじき馬車も捕まる。投降する気は?」

「あると思うか?」

 ミヒャエルの言葉にギースはまるでこの状況を楽しんでいるかのように不敵な笑みを浮かべた。

「俺の策を読んだのはお前か?」

「……」

「無駄口を叩かないのは兄弟揃ってか? いや、本当の兄弟じゃなかったな」

「……」

 ミヒャエルの眉がぴくりと動いたのをギースは見逃さない。

「よくもまぁ、血が繋がっていない赤の他人の為にここまでできるな」

「……赤の他人なんかじゃない」

「他人だろ? 片方どころか全く血が繋がってないんだからよ、っと⁉」

 ミヒャエルが何の前触れもなく放った攻撃をギースは身をひるがえして躱す。

「血が繋がっていなくてもシオンは僕の大事な家族で、たった1人の大切な弟だ」

「……そうかよ」

 ギースは苦々しそうに口を開いた。


 あれだけ煽っても隙ができないか。冷静に怒りを出すタイプ。一番面倒くさいやつだ。こりゃ本格的にまずくなってきたな……。

 ギースは周囲の騎士たちの様子をちらりと伺う。こちらも気を抜いているような感じはなく、いつでも動き出せる状態に見える。俺がここで足止めされている以上、馬車もどのみち捕まる。あのガキの誘拐も失敗は確定だな。後はここからどう逃げおおせるかだけだ。


 止まった?

 シオンは外の様子の変化に気づいていた。少し前に両足も縛られたせいでバランスが取れなくなり、激しく動く馬車の中で何度も体を床にぶつけられ体中に打ち身ができていた。シオンは体をくねらせ壁を上手く使いながらなんとか上体を起こす。どうなったんだ?


「シオン様っ!!!」

「わぷっ⁉」

 馬車のドアが勢いよく開かれ素早く入っていた誰かに思い切り抱きしめられる。視界の隅でモフモフそうな白い尻尾がぶんぶんと勢いよく揺れている。

「……フェリ?」

 声をかけると抱きしめられていた力が少しだけ弱まり、彼女の顔が見えるようになる。彼女は瞳に涙を浮かべながら嬉しそうに笑った。

「はいっ!」


「シオン様を奪還しました!」

 馬車の方から戻ってきた騎士がミヒャエルたちに向かって大声を上げる。

「……っ!」

 歓喜の一報を待っていたのはミヒャエルたちだけではなかった。

「なっ!」

「ここは戦場だぜ」

 ギースは気が緩んだ騎士の元に向かって距離を詰め、流れるような手つきで馬から突き落とすとその馬に跨り走り出す。

「ぐっ⁉」

 その途中で左腕に激痛が走るも右手一本で手綱を操り、瞬く間に離脱していく。

 

「申し訳ありません、すぐに追撃を……」

「いや、いい。最低限目的は達成した」

 ミヒャエルは手のひらの先、どんどん小さくなっていくギースの姿を見つめる。

「シオンは?」

「はっ、いまこちらに向かっております」

「ん、馬を借りていい?」

「は、はい!」

 ミヒャエルは馬を操りシオンの元に駆けた。

 


 

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