第51話 少年期 血が繋がっていなくとも……

 フェリに拘束を解いてもらい支えて貰いながら馬車を降りると、ミヒャエルが下馬してこちらに向かってきていた。

 ミヒャエル兄さんが助けてくれたんだ。

「ミヒャエル兄さん……」 

 お礼の言葉は乾いた音に遮られた。頬がじんじんと痛み出し、叩かれたのだと気付いた。突然のことにフェリも周りの騎士たちも驚き言葉を発せない。

「なんで叩かれたかわかる?」

「……」

 ミヒャエルは少し屈んでまっすぐにシオンと目を合わせる。

「前に僕らのことを家族だと言ってくれたよね? それは嘘だったの?」

「そんなことっ……!」

「ならもう二度と自分を犠牲にするようなことはしないで」

 そっとミヒャエル兄さんに抱きしめられる。

「僕にとってリアと同じようにシオンも大切な弟なんだよ」

「……ごめん、なさい」

 絞り出すように出した声は湿っていた。

「ごめんね痛かったよね?」

 上手く言葉を紡げそうになくて首をぶんぶんと左右に振る。

「賊に捕まって大変だったよね? 助けるのが遅くなってごめんね」

 髪をすくように頭を撫でられる。いつも聞いていた優しい声音。自分の中で我慢していたものが決壊していく。


 リアを助けるために賊の前に立ちふさがったとき、本当は足が震えてしまいそうだった。

 自分が捕まったんだとわかったとき、もう二度と家族に会えないんだと胸が苦しくなった。

 奴隷として売られると言われたとき、恐怖と絶望に飲み込まれてしまいそうだった。

 それでも、リアが無事でいてくれたらそれでいいと自分に無理やり言い聞かせて、何とか平静を装っていた。


「もう無理しなくていいんだよ」

「……っ!」

 その言葉が引き金になり、シオンはミヒャエルの胸に顔を当てながら思い切り声を出して泣いた。

「リアを助けてくれてありがとう。シオンがいなかったらリアは連れ去られていたかもしれない」

「……はい」

「シオンが頑張ってくれたこと、ちゃんとわかってるから」

「……はい」

「それと……」

 ミヒャエルは一層強くシオンを抱きしめる。

「シオンが無事でいてくれて、本当によかった」


 泣きつかれたシオンがそのまま眠ってしまい、ミヒャエルは紐で固定しながらシオンをおぶり、馬に跨り街への帰路につく。幾人かの騎士たちが代わりにおぶると伝えたが、「大丈夫」と返してその役を譲らなかった。


「意外に見える?」

「えっ?」

 隣でじっと見ていたフェリにミヒャエルが尋ねる。

「僕が兄らしいことをしているのが意外だから見てきたんじゃないの?」

「そんなことは……」

 実際のところフェリが思っていたことは違うのだが、そう言われると確かにミヒャエルがシオンをおぶるような場面はこれまで見たことがなかった。

「……別に隠さなくてもいいよ。こういうことをやるのはうちじゃブルーノだったしね」

 ミヒャエルの言う通り、ミヒャエルがシオンをおんぶするよりもブルーノがおんぶしている様子の方がイメージできた。

「シオン様、起きそうにないですね」

「ずっと気を張っていただろうからその疲れが一気に出たんじゃないかな」

 それもあるだろうがきっとそれだけじゃないとフェリは考える。それはきっと信頼できるお兄さんの背中だから。だからこれだけ安心して体を預けてぐっすり眠ることができるんだと思う。

 いつか自分も専属使用人としてシオン様に信頼してもらいたい。そんな気持ちがすっと浮かんでくる。


「もう少ししたらおぶるの代わってくれる?」

「私ですかっ⁉」

 フェリが人差し指で自分を指さす。

「うん、流石に疲れてきたし」

 口ではそう言っているがミヒャエルが疲れているようには見えない。

「嫌だったら別の人に頼むけど……」

「嫌なんてそんなことっ!」

 フェリが食い気味に答える。

「だよねー」

 そう言うミヒャエルの視線の先を辿ると、喜びを抑えきれずぶんぶんと左右に勢いよく揺れる尻尾に気づいてフェリはみるみる顔を赤くさせていく。

「だから、さっきからじっと見てたもんね」

「気づいてたんですかっ⁉」

 返事の代わりに微笑ましそうな顔が返ってきて、フェリはますます顔を赤くする。最初から気づいてたんだ。

「あれだけ熱心にシオンの寝顔を見ながら尻尾を揺らしてたらねー」

 もう穴があったら入りたい。

「でも良かった。シオンを大好きみたいで」

「……」

 もうそっちを見れない。


「ねぇフェリ、僕とブルーノは領内の統治があって、これから王都の学院に行くシオンをあまり助けて上げられなくなる」

 フェリが顔を向けると、ミヒャエルは弟を思う兄の顔になっていた。

「だから、僕らの代わりにシオンが困ったとき力になってくれるかな?」

 表情こそ柔らかいものの、その瞳は真剣だった。だからフェリはその瞳をまっすぐに見つめ返して返答する。

「はい」

「よかった、じゃあもうすぐ休憩を取るからそのタイミングでおぶるの交代ね」

「えっ⁉」

「よろしくね、シオンの専属メイドさん」


 休憩中、ミヒャエルは近くにあった木の幹に背中を預けながら水を飲む。視線の先ではフェリがシオンを背負おうとしており、それを周りの騎士たちがフォローしている。

 シオン、君は周りの人に恵まれてたと思っているだろうね。直接聞いたわけじゃないけど間違いなくそう思っているのを知ってる。これまでずっとシオンの成長を近くで見てきたから。

 でもね、実はそれ逆なんだよ。シオンの行動や優しさ、努力が周りに人を呼んでいるんだ。

 風が吹き木の葉がそよそよと揺れる。

 ミヒャエルは未だ眠り続けている弟を見つめる。まだあどけなさの残る12歳の少年。君のこれからの人生はどんな風になるんだろうね?

 ミヒャエルが顔を上げる。柔らかい木漏れ日が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

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