第52話 少年期 エピローグ
屋敷に着いた途端シオンを待っていたのは兄妹からの熱烈な抱擁だった。
「シオン!!!」
「シオンお兄さま!!!」
ブルーノが左側から、リアが右側から抱き着かれ、シオンは一瞬にして身動きが取れなくなる。
「済まなかった。俺がもっと気を付けていればお前を危険な目に合わせることはなかったのに……」
「……ブルーノ兄さんのせいじゃないです。それよりゲオルグさんは……」
帰りがけに無事なことはミヒャエルから聞いていたが、詳しいことは教えて貰っていない。
「安心しろ、命に別状はない。今は療養しているが落ち着いたら会いに行ってやれ」
「……はい」
ブルーノが鼻をすする音が聞こえる。
「本当に無事でよかった。それとリアを守ってくれてありがとう」
「はい」
「……ブルーノ、そろそろいい? 報告をしたいんだけど」
ミヒャエルがドン引きした視線をブルーノに向けながら告げる。
「ミヒャエル!」
「ちょっ⁉」
その存在に気づいたブルーノが飛びつこうとするのをミヒャエルはすんでのところで躱す。
「抱き着いてこようとしないでくれる?」
明らかな拒絶だが、今のブルーノには通じない。
「ほんとありがとうな」
「わかったから、追っかけてこないで」
逃げるミヒャエルと追いかけるブルーノ。そんな二人のやり取りを見ていると屋敷に帰ってきたんだと実感する。
「……シオンお兄さま」
腰元に抱き着いたままだったリアが顔を上げる。
「リア、無事でよかった」
シオンはリアの背中に手を回し優しく抱き返す。
「シオンお兄さまのおかげです。でも、もう二度とあんなことはしないで欲しいです……」
お礼と共に遠慮がちにリアが付け加える。
「ごめんね」
でも約束はできそうにない。もし今回と同じようなことが起こったらきっと僕は同じことをすると思う。怖くて、恐ろしくて、思い出しただけで足が震えそうになるけれど。それでも。僕にとってそれだけリアが、家族が大事だから。自分の命よりも大切なものだと思っているから。
お詫びの意味も込めてリアの頭を優しく撫でる。さらさらの金色の髪が指の間を通っていく。
「……シオンお兄さま、一つお願いがあります」
「ん? なに?」
「リア、これから魔法も勉強も頑張ってシオンお兄さまのお手伝いができるようにもっと努力します」
「うん」
「だから……」
リアが抱き着くのをやめ、屈んで欲しそうにくいくいと袖を引っ張る。シオンが視線を合わせるために屈んだ瞬間、頬に柔らかいものがあたった。
「……えっ?」
リアは頬を熟したリンゴのように染めながらも瞳だけは決して逸らさない。
「だから、大きくなったらシオンお兄さまのお嫁さんにしてくれますか?」
「それは……」
「いいんじゃねぇか?」
言葉に詰まるシオンにブルーノがはやし立てる。
そう言えば周りに皆いたんだった⁉
シオンが慌てて辺りを見回す。ブルーノはにやにやとしていて、ミヒャエルは興味深そうな表情をしている。反対側にはフェリが手で顔を隠しつつも隙間から様子をチラチラと伺い、屋敷から出てきていたアルベルト、エマ、使用人たちが微笑ましそうに事の顛末を見守っていた。
「シオンお兄さま、……だめですか?」
「えっと……」
確かにリアは大切だし、贔屓目なしに可愛い。きっと成長したらティアナ姉さんみたく美少女になるだろうし、どんどん綺麗になっていくだろう。でも……
「……なら、ティアナ姉さんとフェリも付けます」
「なっ⁉」
「リア様っ⁉」
答えに窮しているシオンになにを思ったかリアがとんでもないことを言い出す。急に名前を出されたフェリが驚きで尻尾とピンと尖らせたフェリと視線がぶつかる。
「あうぅぅ」
恥ずかしさの限界値を超えたフェリは近くの騎士の後ろに隠れる。
「それでもだめですか?」
「……合えて即答せずに焦らすことでより好条件を相手から提示させる。交渉術の1つ」
「まじかよ、流石は俺の弟! 俺も今度使ってみるわ」
兄さんたちこんな時にふざけないでください。
「シオンお兄さま……」
リアの瞳が返事を迫る。シオンは逃げ場がないことを悟り、それから真剣に考えて答えを紡ぐ。
「……もし、リアが大きくなってその時も気持ちが変わらなかったら」
シオンがそう答えると、リアは今日初めての満開の笑顔を見せて、再びシオンにぎゅっと抱き着く。
「約束しましたからね」
「うん」
「言質も取りましたし、証人もこれだけいますから、後でとぼけても無駄ですからね」
「……リアそんな言葉どこで覚えてきたの?」
「前にミヒャエルお兄さまが教えてくれました。あと、相手がこちらに申し訳なさを感じている時に交渉すると、好条件を飲ませやすくなると」
ミヒャエル兄さん?
「皆様、そろそろお屋敷に入られてはいかがでしょう? シオン様はまだお疲れがあるかと存じます」
「そうだな」
「……うん」
アルベルトの言葉に兄さんたちが頷く。
「シオンお兄さま、行きましょう!」
リアがシオンの手を引っ張っていく。
「シオンお兄さま、お帰りなさい!」
時間にしてたった3日間空けただけ。だけどそこには、シオンが守りたかった、かけがえのない日常が何一つ欠けることなく存在していた。そのことが胸をじんと温かくする。シオンは口角を上げ、出迎えてくれたみんなに向けて答えた。
「ただいま」
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