第46話 少年期 籠の中の鳥
「……んんっ」
ガタガタと振動を感じてシオンは瞼を開けた。
「……ここは」
見慣れない天井だ。振動は今も続いている。下からガラガラと車輪が回るような音も聞こえてくる。……馬車?
「よぉ、起きたみたいだな」
「……っ!」
聞き覚えのある声にシオンはすぐさま体を起こす。急に動いたせいで体中の至るところから悲鳴が上げるがそんなことに構っている余裕はない。シオンは眼前にいる青年を思い切り睨みつけた。
「そんな怖い顔すんなよ」
青年はシオンを一瞥してダガーの手入れに戻る。
この男にやられて後、捕まったのか。両腕は背中の後ろで縛られているようで全く動かせない。魔力もまだほとんど回復していない状態で、これだと1回使っただけでもすぐに魔力切れで倒れてしまうだろう。馬車内は僕とこの男だけだけど……
シオンが耳を澄ますと、周りから馬の歩く音や微かに男たちの声が聞こえてくる。この状況で馬車から逃げおおせたとしてもすぐに捕まることは目に見えていた。
リアたちは上手く逃げられただろうか?
声は聞こえてこないけど何とも言えない。僕が乗っている馬車から距離を取っているかもしれないし。
シオンはダガーの手入れをしている男を注視する。20代前半ぐらいだろう男は痩せ型であまり強そうには見えない。両足は縛られていないからこのままタックルすれば馬車から突き落とせそうだ。そう思わせるぐらい無防備な感じなのに隙が見当たらない。矛盾しているようだが、隙だらけに見えるのにいざ隙を探してみようとすると1つも見つからないのだ。
「こんなもんか」
青年はダガーを腰のベルトについている革製のケースにしまうとシオンの方に向き直った。
「折角、両足は縛らないでいたのに逃げようとしなかったな」
「……」
「まぁ、この馬車から逃げたところで周りにいる部下が捕まえるだろうから意味ないけどな」
「……」
「と言うか気づいてただろお前?」
「……」
「だんまりか?」
「……」
一向に喋る素振りを見せないシオンに怒るどころか、楽しそうに笑う。
「それなりに頭も良いようだな。いや、歳を考えればかなり良いか」
青年はぶつぶつと呟く。
「ギース! ちょっといいか」
馬車が止まり、外から男の声が聞こえてくる。
「ちっ」
青年は思い切り舌打ちをかまして立ち上がった。
ギース。それがこの男の名前か。
「ああ、腕を縛っている縄は特注品で魔法が発動しない呪詛が込められてるから俺がいなくなったからって逃げられると思うなよ」
青年、ギースはそう吐き捨ててから馬車を降りた。
「なぁ、どうせお前は逃げられないんだ。少しは俺の相手をしてくれよ。こっちは毎日馬鹿共の相手で飽き飽きしてるんだよ」
「……」
「はぁー、相変わらずだんまりか」
賊に捕まってから少なくとも2日が経過していた。日数は食事が出る回数、馬車の外からの光の感覚から判断したもので、気を失っていた時間によっては3日以上過ぎたことになるかも知れない。賊のリーダーらしいギースは毎回のように馬車に顔を出してはシオンに話しかけてきていた。
「全く情報がないと売るとき困るんだよな」
ギースがぽつりと呟く。どうやら僕は奴隷として売られる予定らしい。馬車で移動している時間を考えると、もうそろそろローゼンベルク領を抜ける近辺まできているはずだ。
オーデンヴァルトの森の中を進んでいればもっと早く領内を抜けられていただろう。そうしなかったのは森の先の領主であるカイエン子爵と懇意であること、魔法の才能がある人間を評価する傾向が強い隣国のブレスト共和国の奴隷商に高く売りつけるためらしい。これらは馬車の外から漏れ聞こえてくる話を繋ぎ合わせ導き出された答えだ。
「しょうがねぇ」
何か考えていたギースがため息をついた。
「等価交換だ。俺がお前の質問に1つ答えるたび、お前も俺の質問に1つ答えろ。ただし、嘘をついてるとわかればその時点で終わりだ。どうだ? お前にとっても悪い話じゃないだろ」
確かに捕まっている身としては破格の条件に思える。だが……
「……そっちが嘘をついている可能性もありますよね?」
久々に声を出したせいでシオンの声は少しかすれていた。
「ああ、それは俺を信じてもらうしかないな」
ギースはそう言って不敵な笑みを浮かべる。大事な妹を攫おうしていた人達の言葉をどう信じろと? シオンは怒りが表情に出てしまいそうになるのを必死にこらえる。落ち着け、冷静に。向こうは僕を怒らせて情報を引き出そうとしているのかもしれない。
「それで、どうする?」
「……わかりました」
思案したのち、シオンはギースの提案を受け入れた。
「交渉成立だ。じゃあお前からこい」
ギースはシオンの前で胡坐をかく。1番最初に聞きたいことは決まっていた。
「妹は、リアはあなたたちに捕まっていますか?」
「始めに聞く質問がそれとはね」
現在地だの、捕まってから過ぎた日数などの情報を聞いてくるだろうと思っていたギースは額に手を当て上を向いてくつくつと笑い出した。
「質問に答えて貰えますか?」
「お前、随分と家族を大事にしてるんだな」
「当たり前です」
「血が繋がっていないのにか?」
「……っ!」
「顔に出てるぞ」
シオンは小さく息を吐き気持ちを落ち着かせる。
「質問に答えてください」
「何となく分かってるだろ?」
ギースは試すような視線をシオンに向けてくる。シオンも予想はできていたが、それでも確証が欲しい。
「……答えになっていません」
「わかったよ」
ギースはお手上げのように軽く手を上げた。
「お前の妹は捕つかまってねぇよ。お前と護衛の騎士のオッサンのせいで失敗したよ」
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