第85話 少年期 剣術講義

「全員集まってください」

 ライナーの声に生徒たちが集まっていく。

 午後の選択講義。剣術を選んだシオンは学院内の訓練場にいた。周りを見ると、1年生だけでなく上級生の姿も見える。


「今日から1年生も選択講義を受けることになりますので、簡単に説明します」

 ライナーの声は決して大きくないが、聞き取りやすく、しっかりと耳に入ってくる。


「剣術講義では皆さんそれぞれに合った剣術のスタイル、技術などを磨いてもらいます。また、皆さんをできる限りサポートするため実力別にS~Dの5つのグループを分けさせてもらいます。1年生は後程私からグループを共有しますので少し待機してください。ここまでで何か質問がある人はいますか?」

 

 ライナーは生徒たちを見回し、手が上がっていないことを確認すると小さく頷いた。

「いないようですね、では2年生以上の人はそれぞれグループに分かれて訓練を始めてください」


 ライナーの声に合わせて2年生以上の生徒たちが移動していく。それに合わせてライナー先生の横に並んでいた教員たちも動き出す。各グループに3人の教員がついているようで、教員たちの指示に従って訓練が始まっていく。


「さて、それではグループ分けを伝えます」

 ライナーは次々に生徒の名前を呼んではグループを伝えていく。1年生ということもありそのほとんどはDグループだ。数人がCグループへ分けられたがそれより上のクラスへはまだ誰も分けられていない。


「マルク・オーウェン君、君はBグループへ」

「っ! はい」

 生徒たちが騒ぎだす。初めてBグループ以上に分けられたのもあるが、彼が平民というのもあるのだろう。マルクは一瞬だけ小さくガッツポーズをしていたがすぐに顔を引き締めて休めの姿勢に戻っていた。


「騒ぎ出す気持ちはわかりますが、声が届かなくなってしまうので静かにしてください」

 ライナーが注意すると、生徒たちは途端に静かになる。

「次、ダミアン・エルベン君」

 ダミアン。シオンの顔が険しくなる。試験の時に一蹴したとはいえ、彼との遺恨は残ったままだ。


『あいつって伯爵家の?』

『そう剣術が凄いって』

『でも試験の時一瞬でやられたんだろ?』


 そんなひそひそ話が耳に届く。ダミアンにも届いていたようで声の出どころの方を睨みつけると声はぴたりと止んだ。


 ライナーは手元の資料を見ながら口を開いた。

「君はDグループです。次は……」

「おいっ、ちょっと待てよ!」

 ダミアンがイラつきながら大声をあげた。


「なんですか?」

「どうして俺がDグループなんだよ!」

「どうもこうも試験の結果をもとに判断したまでですが」

 何を当然のことをとライナーがきょとんとする。

「俺の実力はこんな奴らより上のはずだろ!」

 周りを指さしながらダミアンが悪態をつく。


 当然指さされた生徒たちもいい気はしないが相手が伯爵家だから誰も手を出せない。ただ、明らかに雰囲気が悪くなっていた。


「はぁ、私は剣術の教員であって礼儀や道徳の教員ではないのですが……」

 ライナーはため息をつきながらぼさぼさの髪を掻く。

「すいませんがCグループのところからハロルド君を呼んできてもらえますか?」

「わかりました」

 教員の1人がCグループのところへ向かい、猫背ぎみの男子生徒を連れてきた。先輩のはずだが背はダミアンよりも低く、ひょろっとしている。


「ハロルド君、呼び出してしまって申し訳ないね」

「い、いえ……」

 ハロルドはやや緊張した面持ちで言葉を返す。

「申し訳ないけど、そこの彼と1度模擬試合をして貰えませんか?」

「わ、わかりました」

「はっ、こんな奴に俺が負けるわけないだろ」

「すいませんが、皆さん少し距離を開けて貰えますか?」


 ライナーはダミアンの言葉を無視して生徒たちに声をかける。生徒たちはぞろぞろと動き、ダミアンとハロルドを囲うように円を作った。


「ダミアン君、もしここで君が勝てばBグループに入れましょう。負けた場合は大人しくDグループに入ってもらいますがよろしいですね?」

「ふんっ」

 ダミアンはハロルドを睨みつけながら剣を構える。

「やれやれ……ハロルド君、手加減の必要はありませんから」

「は、はいっ」

 ハロルドは周囲の視線に体をびくつかせながらも剣を構える。


『あの先輩全然強そうに見えないんだけど』

『ああ、体もひょろひょろだし』

『俺も駄々こねればよかった』


 周囲の生徒たちはほぼほぼダミアンが勝つだろうと予想していた。シオンに一瞬にして負けたが、それでも前評判などを考えればハロルドよりは強いと考えたのだろう。でも本当にそうだろうか? 


 シオンはハロルドを注視する。確かにひょろひょろで背も低いが、筋肉が全くないと言う訳ではない。それに自信なさげな物言いとは裏腹に彼の瞳の奥は爛々と輝いているように見える。それに……。シオンと同じように生徒の中に1人だけハロルドに注視している者がいた。


 マルクだ。彼は何も言わずただじっとハロルドの動きを観察しているようだった。

「両者、準備はいいですか?」

「……」

「は、はいっ」

「では、始め!」

 ライナーの合図で勝負の火蓋が切って落とされた。


「うらぁぁ!」

 先に仕掛けたのはダミアンだった。雄たけびを上げながら剣を振り下ろす。ハロルドは真正面から受けることはせず、剣を使って上手く受け流す。

「……っ!」

 初撃で決めるつもりだったダミアンは上手く流され僅かに態勢を崩す。そこへハロルドはダミアンの首めがけて刺突をかます。


 勢いがない攻撃だが剣が顔近くに向かってくるのは恐怖だ。反射的にダミアンは後ろに下がって距離を取ろうとする。だが当然ハロルドは態勢を整えるタイミングを与えない。詰めながら剣を振るっていく。だが、一撃の重さがないせいか決定打にはなり得ない。


「あぁぁ! うざってぇ!」

 10合と打ち合い痺れを切らしたダミアンが大振りに剣で薙ぐ。

「あっ……」

 シオンの口から思わず声が漏れた。

「ふっ……」

 ダミアン渾身の攻撃をハロルドは身を屈めて躱す。次の瞬間には彼の剣先がダミアンの首元に突き付けられていた。

「そこまで」

 ライナーの平坦な声が訓練場に響いた。

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