第86話 少年期 ティアナと試合
「あ、ありがとう、ご、ご、ございました」
剣を鞘に戻したハロルドがゆっくりとお辞儀する。
「ハロルド君、ありがとうございました。戻ってもらって結構です」
「は、はい、し、し、失礼します」
ハロルドは脱兎のごとくCグループに走っていく。
『あの先輩強かったね……』
『うん』
『……にしてもあんな詰められてるのに大振りするとか』
『実はダミアンの方が大したことなかったりして』
「これでわかりましたか? 君は体格も良いですし、剣の才能も同年代の中では上位の方でしょう。ですが、今の君はただ力任せに剣を振っているだけです。思い通りにいかずイライラして大振りになるのも良くありません」
ライナーの言葉に周りの生徒たちから失笑が漏れる。
「今でこそ才能と体格差で押し切っていますが、そのままではいずれ勝てなくなります。それがわかったのならまずは基礎からきちんと剣術が何たるかを学んでください」
「……」
『だせぇ』
『公開説教じゃん』
『ダミアン君凄いと思ってたのに……』
ダミアンは怒りと恥辱で顔を赤く染め上げる。
「はい、少し時間がかかりましたが続けます」
ライナーがまた生徒たちにグループ分けを伝えていく。
「最後に、シオン・ローゼンベルク」
その言葉に同級生たちの視線が一気に集まる。シオンはライナーの顔を見つめ続きを待つ。
「君はAグループです」
「わかりました」
シオンよりも周りの生徒たちの方が騒ぎ出していた。
『聞いたか』
『いきなりAグループとか凄すぎだろっ!』
『それなのに物腰も柔らかいんだよな』
『それに比べてどっかの誰かさんは』
『おい、やめろって』
「では、皆さん各自言われたグループに向かってください」
「「「はい」」」
生徒たちが一斉に動き出す。その際、僅かにダミアンと目が合った。彼の瞳には明らかな憎しみの色が見えていた。
「シオンもAグループなの?」
Aグループが集まっているところに向かうと、ちょうど休憩中だったティアナが駆け寄ってきた。その様子に他のAグループの生徒たちも視線を向けてくる。
「はい」
「流石シオン!」
「ちょっと、ティアナ姉さん!?」
ティアナが嬉しそうに抱き着くと男子生徒たちからの視線が険しくなる。
「ティアナ、その辺にしてやれ。周りも見てるぞ」
「むー、しょうがないなー」
ティアナはしぶしぶシオンを解放する。そのおかげでようやく恨みがましい視線が止みほっと息をついた。
「ラウラ先輩、ありがとうございました」
「いや、風紀委員として当然のことをしたまでだ」
「姉弟のスキンシップの何処に問題があるのよー」
「場所をわきまえろ」
ラウラは残念そうに頭をふった。
「ラウラ先輩も剣術の講義受けてるんですね」
「ああ、残念ながら薙刀専門の教員はいなくてな。だから剣術と槍術の講義を受けて使えそうなものだけ自分で取り入れるようにしている」
「そうなんですか」
「皆さん集まっていただけますか?」
ライナーがAグループのメンバーを呼び寄せる。
「シオン君、こちらへ」
シオンは手招きされるままライナーの横に立つ。
「本日からAグループに入るシオン君です。お互いに切磋琢磨し技術の向上をしていってください」
「シオン・ローゼンベルクです。先輩方よろしくお願いします!」
シオンが頭を下げると、ティアナ、次いでラウラが拍手し、それに倣って10数名のAグループメンバーが手を叩く。
「新メンバーも入ったことですし、今日は1対1の模擬試合を行ってもらいましょうか。試合をしていないメンバーは試合中の動きを見て、自分ならどうするか考えるようにしてください」
「「「はい」」」
「では、折角なので最初はシオン君と……」
ライナーは右から左にメンバーの顔を確認して口を開いた。
「ティアナさんお願いします」
「まさかシオンと戦うことになるなんてね」
剣を構え向かい合った状態でティアナが口を開いた。
ティアナが持っている剣は通常よりも刀身が細い。振りやすさを重視しているような感じだ。
「シオン、遠慮はなしだよ」
戦いづらさを感じているのに気づいていたようで先回りして言葉を告げてくる。
「……わかりました」
「それと私が勝ったらご褒美もらうから」
「えっ?」
「両者とも準備は良さそうですね」
ライナーが2人の間に立つ。
「今回は魔法の使用は禁止とします。皆さんの剣術を改めて確かめたいので。よろしいですか?」
「「はい」」
シオンとティアナの声が重なる。
「では、はじめてください」
「はぁ!」
先に仕掛けたのはティアナだった。鋭い突きが飛んでくるが、シオンは右ステップで躱す。
はやいっ。シオンは心の中で呟く。ティアナは勢いを止めることなくそのまま連撃を繰り出していく。一撃一撃に重さはないがスピードがある。
シオンとしては勢いを殺して鍔迫り合いなどパワーが必要な展開に持ち込みたいが、ティアナは攻撃するたびに一度距離を取るため、思うような形になってくれない。
それにあの突き。ティアナの攻撃は突きを主体だ。これまで戦ってきた相手に突きを主体にして戦うような人はいなかったから距離感が上手くわからない。けど、このまま何もできないまま負けるわけにはいかない。シオンはバックステップで距離を取ると、正面に剣を構えた。
雰囲気が変わった? そう感じたティアナは距離を取ったシオンに追撃するのをやめ態勢を整える。とは言え、これまでの戦い上有利に進められているのは自分だ。慎重に行き過ぎるのも良くない。
それにいま有利に進められているのはシオンが突き主体の攻撃をしてきた人と戦ってきていないから。時間が経って慣れてきてしまえばそのアドバンテージは小さくなる。だったらその前に決めるしかない。ティアナは剣を握りシオンに向かって一直線に突き進む。
くるっ! シオンは剣を下段に構え直す。ティアナは勢いを生かしてそのままシオンめがけて突きを繰り出そうとする。いまだっ!
シオンは下からティアナの突きがくるであろう場所に向けて切り上げる。剣同士がぶつかればティアナもバランスを崩すはず。だが、その思惑は外れた。
突きじゃない!?
ティアナは突きするふりをして剣を横に薙いだのだ。周りで見ている者全員がティアナの勝利を確認した。まだ、まだだ! シオンは素早く手首を返し、バックステップしながら剣を今度は振り下ろした。
「はぁぁ!」
「……っ!」
間に合った。シオンはギリギリでティアナの剣を受け止めた。そして続けざまに距離を詰める。
「そこまで」
ライナーが静かに声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます