第87話 少年期 自分のスタイル
『まじかよ……』
『最後の攻撃を防いだところ早すぎて見えなかった』
『あれで1年生か』
「ティアナ姉さんありがとうございました」
「シオン強くなったんだね」
シオンがお辞儀するとティアナは優しく微笑む。嬉しさもあるが負けたことへの悔しさも混じっていた。
「ありがとうございます」
「あーあ、勝ってシオンとデートに行く予定だったのにな」
ティアナが残念そうに呟いた。
「お2人ともお疲れ様でした」
ライナーが2人の元に近づく。
「ティアナさんは突きを主体にした攻撃が良かったですね。シオン君も対応に苦慮しているように見えましたし」
「ありがとうございます」
「ただ、最後の攻撃したあと油断していたのはいけませんね。確実に決まったと思ってもそうではないこともありますから」
「はい」
ティアナが神妙そうに頷く。
「そうですね、ティアナさんは突きを生かすためにもっと軽量な剣にした方がいいかもしれませんね」
「軽い剣ですか?」
「ええ、スピードもありますし、剣で攻撃をいなすよりかは足さばきで攻撃を避け、軽い剣で相手を突く。そんなスタイルが向いているように思えました」
「ありがとうございます、少し考えてみます」
「いえ、あくまでも私の感想なので、後は自分でよく考えてどうするか決めてください。さて……」
ライナーはそう言ってゆっくりとシオンの方に向く。
「正直驚きました。特に最後の一振りは素晴らしかったです」
ライナーは続ける。
「慣れないスタイルの相手でも最低限攻撃を捌けてますし、冷静に分析しながら戦えているように見えました」
「あ、ありがとうございます」
「君はもしかしたら剣よりも刀の方が向いているかもしれませんね」
「刀ですか?」
「ええ、剣というのはどちらかというと力で相手を押し切るような武器です」
ライナーはそう言って自身の腰についていた剣を抜き軽く振るって見せる。
「対して刀は技術で相手を切るような武器です。簡単に言ってしまえばですけどね」
「なるほど」
「君はまだ12歳なので、これから成長していけば体格も大きくなると思いますし、鍛錬を続ければそれに比例して力も付くと思うので問題ないと思いますけどね」
「はい、どうするか考えてみようと思います」
「そうしてください。どうするかを考えることも成長するために必要なことですから」
「2人ともお疲れ様」
「ありがとう」
「ありがとうございます、ラウラ先輩」
ライナーからフィードバックを貰い戻ってきた二人をラウラが出迎える。
「勝てばシオンをデートできたのに……」
「勝負の世界に不純なものを持ち込むな……。っとそうだシオン」
「なんですか?」
「明日の放課後何か予定が合ったりするか?」
「いえ、特にないです」
思い出しながら答えるとラウラの表情が少し和らぐ。
「そうか、もし問題なければその日の放課後、風紀委員会の手伝いをしてくれないか?」
「わかりました」
「感謝する」
「いえ、ラウラ先輩にはお世話になってますから。僕にできることなら何でも言ってください」
「ありがとう」
ラウラはそう言うと自然な動きでシオンの髪を撫でる。
「じー」
そんな二人を至近距離からティアナが何か言いたげに見つめてくる。
「な、なんだ?」
「すごく自然に頭撫でてると思って」
ティアナの瞳はシオンの頭の上にあるラウラの手に向かっていた。
「あっ!? す、すまない」
ラウラは慌てて手を引っ込める。
「い、いえ」
シオンも動揺しながら返す。最近頭を撫でられることが増えてあまり気にしない様になっていた。
「嫌じゃなかったか?」
「いえ、そんなことは」
「そ、そうか」
「……」
「……」
なんとも言えない空気が包む。そんな様子にティアナが面白くなさそうに頬を膨らます。
「次、ラウラさん」
「はい、すまないが私の番のようだから失礼する」
ラウラはそそくさと2人のところから立ち去り、しおんとティアナが残された。
「ところでシオン。この前美化委員会の手伝いに行ったんだよね」
「はい」
「その時、変なこととかしてないよね?」
妙な圧を感じてシオンは思わず背筋を伸ばす。何故だか周りにいた生徒たちもより距離を取っている気がする。
「なにもなかったですよ」
「ほんとに?」
「……は、い」
美化委員会の先輩たちからあーんして貰ったことは絶対に言ってはいけない。本能がそう告げていた。
「だったらなんで視線を逸らすのかなー?」
そう言ってティアナが顔を近づけてくる。
「そんなこと、ないですよ」
「ふーん」
明らかに納得してない反応だが、シオンが口を割らなそうなことを見てむーと口元を尖らせる。
「ねぇ、シオン。お姉ちゃんはいま機嫌が悪いです」
「……はい」
「なので、今日の放課後デートに付き合ってもらいます」
「えっ?」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい」
ティアナは満足げに頷く。
「ほら、ラウラの試合始まりそうだから見に行こう」
ティアナはシオンの手を取り前の方に進んでいく。
「あっ、そうそう、シオン。昔した約束覚えてる?」
「約束?」
「そう、お姉ちゃんに嘘をついたらなんでも1つ言うことを聞くって約束」
そういえば、昔そんな約束をさせられたことがあった様な……。最も一方的に突き付けられていただけの気がするからそれを約束と言っていいものか微妙なところな気がするけど。
「ローザから聞いてるよ。美化委員会のメンバー全員からあーんしてもらったんだってね?」
「……」
ローザ先輩! 心の中で叫ぶ。
「あと、ナタリー先輩の事お姉ちゃんって呼んだんだよね」
怖くて顔を上げられない。
「おかしいよねー。シオンのお姉ちゃんは私しかいないのに」
「……」
「ねぇ、シオン」
顔をクイっと上げられると笑顔のティアナの顔が見える。ただ瞳だけは間違いなく笑っていない。
その静かな怒り方に既視感がある。アデリナお母さんと同じだ。
「シオン、デート楽しみだね」
ティアナの言葉にシオンはただただ首を縦に振った。
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