第88話 少年期 ティアナとデート

「どこ行こうか?」

 満足そうな表情のティアナ。その隣を手を繋いだ状態で歩いているシオンは何処か落ち着きがない。


「ティアナ姉さん、まだ学院だけど……」

 シオンの視線は繋がれた手に向かっていた。


 夕礼が終わると同時にティアナはシオンの教室までやってきて、周りのクラスメイト達が驚いている中、当然のように手を繋いできたのだ。


 当然クラスメイトたちの視線を集める。

「相変わらず、君は見て飽きないね」とフェリクスは面白そうに目を細め、アヤメは「姉弟仲が良いんですね」と生暖かい視線を向け、アカネは何も言わなかったが、何処か羨ましそうに繋いだ手をじっと見てきた。


 教室を出ても2人は注目されていた。むしろある程度話したことのあるクラスメイト達からの視線の方がまだましだったと思うぐらいの注目を浴びていた。


『ねぁ、あれってティアナ先輩と弟君だよね?』

『仲いいんだ。羨ましい』

『でもあの2人って血が繋がってないんでしょ?』


 ひそひそとそんな声が時たま聞こえてくる。だが、女子生徒たちのはまだいい。見られはするが、そのほとんどが比較的好意的なものだから。


『ティアナ先輩の弟とかマジで羨ましい』

『確かに、俺もこらとか叱られたい』


 その程度ならまだいい方。中には明らかに憎しみを持った瞳で睨みつけてくるような人もいる。それだけティアナが生徒たちの憧れの的になっているというのは、弟として誇らしく思えなくもないけど、それ以上に居心地が悪い。


「姉弟なんだし何の問題もないでしょ?」

 ティアナはそんな周りの視線を気にした様子はない。

「それはそうなんですけど……」

 シオンが周りの目を気にしている様子に気づいたティアナは「ああ」と小さく呟き手を離した。


 僕に気を遣ってくれたんだ。そう思ってお礼を伝えようとするシオンよりも早く、ティアナは何を思ったか今度はぎゅっと腕に抱き着いてきた。

「ふぁ!?」

 予想外の出来事と肘から伝わる柔らかな感触に口から変な声が漏れる。

「変な声」

 ティアナは上機嫌に顔を綻ばせる。

 その様子に女子生徒たちからは黄色い声が漏れ、反対に男子生徒たちからは苦悶の声が快晴の空に響いた。


「お2人とも、インタビュー良いですか?」

 ようやく正門を抜けられるというところで、1人の女子生徒が2人の前に立ちふさがる。トレードマークのようなサイドテールが急停止に合わせてぐわんと揺れる。

「セシリーさんでしたよね、新聞委員会の。申し訳ありませんが急ぎの用事がありますので」

 ティアナはつれなく断ると、その横を通り抜けようとする。


「ちょ、ちょっと待って下さいよー」

 セシリーは諦めずに追いかけてきた。

「5分だけ、なんなら写真1枚だけでもいいので」

「……」

 ティアナは無視して先へ進む。


「じゃあ、写真1枚取らせてもらったらこれを差し上げます」

 セシリーは胸ポケットから1枚のチケットを取り出してティアナに差し出す。

「うちの商会が最近出したカフェの特別チケットです」

「お金に困っていないので」

「カップルに大人気なんですよ!」

 僅かにティアナが反応を示す。ここが狙い目だと悟ったセシリーがティアナの耳元で話していく。


「今そのお店で……限定の……とかがありまして……」

「……本当ですか?」

「はい、……を……で……ようなメニューもありますし、他にも……」

 部分的にしか聞こえてこない為、何を話しているかわからない。

 だが、どうやらティアナの琴線に触れる内容らしいことは彼女の表情からわかった。


「シオン、少しだけインタビューあげましょう」

 慈愛の気持ちから言っている風に見えるが、シオンはティアナがセシリーからカフェの食事券をしっかりと受け取っていたのを見逃さなかった。


「ここがセシリーさんの商会がやっているカフェだね」

 セシリーが言っていた通り、つい1月前にできたようで、かなり綺麗な印象を受ける。大通りに面したところだけ全面がガラス張りになっており、そこから店内でティータイムを楽しんでいるカップルが何組も見えていた。


 ティアナが入り口で行列の整理をしている店員にセシリーから貰ったチケットを渡すと、店員が驚いたような表情を見せた。

「少々お待ちください」

 店員が店内に戻ると、すぐさま席に案内された。外で待っている人たちに若干の申し訳なさを感じつつシオンとティアナは店内に入っていった。


「結構おしゃれなお店だね」

「はい」

 シオンは頷く。中に入っても周りにいるのはカップルだけで1人だけの客などの姿は見えない。ここも居心地がよくない。右を向けば若い男女が至近距離で見つめ合っているし、左を向けば女性が男性に向かってパンケーキをあーんしようとしている。


 見ているだけで恥ずかしくなってくる。

「お待たせしました」

「えっ?」

 まだ何も注文していないはずなのに、店員が見てわかるぐらいふわふわなパンケーキにストローが2つついた大きめのドリンクを運んできた。


「それではごゆっくりどうぞ」

 店員は一礼をしてさっと去っていく。えっ、これって……。

「シオン、美味しそうだね」

 正面に座るティアナが目を輝かせる。

「そ、そうですね」

 確かにフルーツがふんだんに盛られたパンケーキも、トロピカルな見た目のドリンクも美味しそうではある。


「シオン、あーん」 

 パンケーキを切り分けたティアナがシオンにフォークを向ける。

「じ、じぶんで食べられますから」

 そう言ってナイフとフォークを探したがティアナが使っている一組しか見つからない。なんで!? そういえば隣の席にの人たちもナイフとフォークが一組しかなかった気がする。

「シオン」

 名前を呼ばれ、顔を上げるとニッコリと微笑まれた。


「あーん」

 

  


 

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