第35話 少年期 辛勝と決意

「ギャァァァァ!」

 ゴブリンは叫び声を上げながら木の棒を振り上げ襲い掛かってくる。シオンは自身に身体強化の魔法をかけ軽やかに避けていく。

「……っ!」 

 斬撃の鋭さや攻撃の仕方は明らかにこれまで鍛錬で戦ったブルーノの方が何枚も上手だ。ゴブリンは怒りに任せ木の棒を振り回しているだけ。それなのに反撃の糸口が見つからない。それに……。


 シオンは間合いを詰めてこようとするゴブリンを見た。明らかに憎悪を持った瞳が常にシオンを付け狙う。そのせい体が上手く動かせない。

 やりにくい……。シオンは心の中で呟きながらじっと機会を伺うしかなかった。


「やりにくそうだな」

 ブルーノはゴブリンとシオンの戦いを少し離れて見守っていた。

 実力だけで言えばシオンの方が圧倒的に上だ。一瞬で片を付けたとしても驚かない。だが実際は力任せに棒を振り回すゴブリンにシオンが攻めあぐねている。


 理由はいくつも上げられる。実戦経験の少なさもあるだろうし、人型の魔物相手で無意識のうちに力が入れづらくなるというのも新人冒険者ではよくある話。でも、それ以上に動きを鈍らせているのは間違いなくあの目だ。

 シオンは憎悪の視線に慣れていない。これについてシオンに落ち度はない。ただ周りの環境が良すぎたのだ。


 ブルーノは助太刀したい気持ちをぐっとこらえその場にとどまる。冒険者としてやっていきたいなら絶対に乗り越える必要があるからだ。ゴブリンならまだしも自身よりも強い魔物と遭遇した時に動けなくなっているのではどのみちやっていける訳がない。

 シオン。

 ブルーノは心の中でまだまだ子供の弟にエールを送った。


 相手の動きが鈍くなってきた。それでも気力だけで猛攻を続けるゴブリンだったが、大振りの一撃をかわされ僅かに体勢を崩す。

 いまっ!

 鋭い一閃。

「グギャァァァァ!!」

 大きな悲鳴と共に木の棒を持っていたゴブリンの腕が宙に舞う。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 シオンは荒い息を整えつつ相手を見据える。腕を飛ばされ、その場に倒れ込みながらもゴブリンは憎悪に染まった瞳でシオンを睨みつける。

「シオン、トドメをさせ!」

 後ろからブルーノの声が聞こえてくる。シオンはゆっくりと注意しながら距離を詰める。

「ギャァァァ! グギャァァァァ!」

 ゴブリンも最後の力を振り絞りフラフラになりながらも立ち上がりより一層憎しみのこもった瞳でシオンを睨む。

 怖い……

 シオンの足が止まる。勝負はほぼ決してあとはトドメを刺すだけ。それなのに足が動かない。

「シオン!」

 ブルーノが叫ぶ。1歩、2歩、ゴブリンが近づいてくる。シオンの攻撃の間合いには既に入っていた。あとは剣を振るだけ。それだけだ。

 怖い怖い怖い。

 感情の波がシオンを襲い体が震え出す。

「シオン!!」

 後ろから足音が近づいてくる。ゴブリンは残った片腕を振り上げる。びびるな! びびるな、びびるな!

「あぁぁぁぁ!」

 シオンは叫びながら剣を横に振った。


「落ち着いたか?」

「……はい」

 ゴブリンとの戦闘が終わり、2人は少し離れた芝の上で座っていた。

「初めてにしてはよくやった、最初はみんなあんなもんだ。気にするなよ」

 シオンは小さく首を振るだけ。あの時、恐怖で一瞬動けなかった。情けなくて、悔しくて。瞳に涙が溜まっていく。

「でもな、冒険者を続けていきたいなら必ず乗り越えなきゃならない。今は失敗してもいい。けどそのことは忘れるな。冒険者はたった一つのミスが命取りになる。パーティだったらメンバーも危険に晒すことになるからな」

「……はい」

「なら顔をあげろ。初めての依頼でホーンラビットもゴブリンも討伐したんだ。1日でEランク昇格なんてそうそうないことなんだぜ。今からギルドで自慢するのが楽しみだよ」

 ブルーノは明るい声音でくしゃくしゃとシオンの頭を撫でる。

「……ブルーノ兄さん」

「なんだ?」

「僕、強くなりたいです」

「そうか」

「強くなって、びびることなく、大切な人たちをちゃんと守れる様になりたいです」

「ああ」

「強くなれますか?」

 泣きながらもしっかりと顔を上げたシオンにブルーノは笑みを浮かべた。


「当たり前だろ。お前は領内一の騎士である俺の弟なんだからな! ほら帰るぞ。凱旋だ」

「ぐずっ、……はい!」

 差し出された手を掴む。もう2度とこんなことにならない様に、シオンは目を擦りながら力強く立ち上がった。

 

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