第36話 少年期 専属使用人

 初めてのゴブリン討伐から2週間が過ぎた。あの日から鍛錬の時間を増やし、黙々と励んでいたシオンにもようやくこれまで通りの笑みが浮かぶようになったころ。

 ミヒャエル、シオンはリアに誘われて食堂で紅茶を嗜んでいた。


「……そう言えばシオンに専属の使用人っているんだっけ?」

 ミヒャエルが紅茶を飲みながら尋ねた。

「いえ、どうしようか悩んでまして……」

 シオンはカップをテーブルに置いた。その隣ではリアがクッキーをほおばりリスのように頬を膨らませながら興味ありげに二人の話を聞いている。

「皆さんこの屋敷で働きたくて来ていると思うので、僕の都合で王都に連れて行かされてしまうのが申し訳なくて……」

「……そこまで気にしなくていいと思うけどねー。学院にいる間は使用人たちも授業を受けられるし」

 シオンが通うことになっている学院では貴族に使える従者たちのクラスも用意されている。従者は主人が授業中に同じように授業を受けることができるので、実のところシオンの気持ちとは裏腹に選ばれたいと思っているものが大半だ。


「シオンお兄さまフェリは駄目なんですか?」

「考えたけどフェリは料理人になりたくて屋敷にきてくれてるから……」

 シオンとしても専属を決めると言われた際に真っ先に思い浮かんだのがフェリだった。年齢もシオンの3つ上の15歳で丁度よさげだが、学院に連れて行くことになったら料理に掛ける時間が減ってしまうのは間違いない。それは料理人を目指している彼女に迷惑が掛かってしまうとシオンが遠慮して声をかけられずにいた。

「……フェリって白狼族の子でしょ?」

「はい、そうです」

「白いしっぽがもふもふで気持ちいいんですよ」

 リアがニコニコと笑みを浮かべる。

「……その子、最近シオンの近くでよく見かけるけど。実は声をかけて貰いたいんじゃないの?」

 考えてみると確かに最近フェリによく会っている気がする。そう言えば今朝部屋にやってきたのもフェリだ。


『シオン様、おはようございます』

『おはようございます、今日はフェリさんなんですね』

『はい、今日からエマさんから変わりました』

『そうだったんですね、よろしくお願いします』

『はい、お任せください』

 フェリは落ち着いた笑みを浮かべるが、彼女のしっぽはぶんぶんと勢いよく左右に揺られていた。


「そう、なんですかね?」

 年の近い使用人の中ではフェリが一番仲が良いと思っているから、専属になってくれるなら嬉しいけど。

「一度お願いしてみたらいいんじゃないかなー」

 十中八九、二つ返事で了承されるだろうけどね、とミヒャエルは心の中で呟く。


 シオンは頼んだら断りづらくて本当は嫌なのに引き受けてしまいそうだと思っているし、白狼族のフェリって子は使用人の自分から言うのは失礼にあたると考えていて、それでもチャンスが増えるように会う回数を増やしているのだろう。

 まあ、見ているこっちとしてはボタンの掛け違いのような状況で面白くはあるんだけど、シオンにはいい子がついて欲しいしねー。と言うか、この屋敷の使用人だったらシオンにお願いされたら誰でもはいと答えるだろうけど。


「皆様、少しお時間よろしいかしら?」

 厨房の方からやってきたのは言葉遣いと正反対のような風貌の料理長だ。

「大丈夫です」

 シオンに合わせてミヒャエルとリアも首を縦に振る。

「実はシオン様にお願いがあって」

 料理長は筋肉隆々の体躯をくねくね揺らす。なかなかに衝撃的な状況だが、見慣れている3人は全く動じない。

「僕にですか?」

 料理長が僕にお願いすることなんてあるだろうか? 

「ええ、シオン様。まだ専属使用人が決まっていないならフェリを選んであげてくれない? ここだけの話よ」

 料理長がテーブルに身を乗り出し小声になったので、3人も顔を近づける。よくある内緒話の形なのに話しているのがスキンヘッドの強面だからか犯罪臭がすごい。

「あの子、シオン様に慰めて貰ってから……」

「……料理長!!! 何言おうとしてるんですか!?」

 勢いよく食堂にスッとんできたフェリが料理長を無理やり引き離す。

「ちょっと、いいところだったのにー。フェリは地獄耳ねー」

「何が良いところですか!」

 フェリがしっぽを逆立たせながら声を荒げる。

「私はフェリの為にお願いしてるのよ」

「必要ないです! 選ぶのはシオン様なので」

「よく言うわよ、だってあなた、最近厨房でずっと『シオン様の専属に選ばれたりしないかなー』とか『会う回数増やしたら選ばれる可能性上がりますかね?』とかしか言わないじゃない」

「うあー! あー! あー!」

 フェリは真赤になりながらドカドカと料理長を叩く。筋力が人よりも強い白狼族とあって明らかにリアが叩くような優しい音じゃない。結構痛そうな攻撃のはずなのに料理長は全く痛みを受けている様子がない。それどころか微笑みながら「照れ屋さんなんだからー」と言ってのけている。やっぱりこの人只者じゃない。シオンとミヒャエルは密かに戦慄し、リアは逆立ったリアのしっぽを触りたくてうずうずしていた。


「それで、どう? シオン様」

 攻撃していたフェリの方が先に音を上げ、料理長の裏に隠れたところで料理長がシオンを見て尋ねた。

「えっと、フェリさんは本当に嫌じゃないですか?」

「はい」

「でも料理する時間が……」

「それなら大丈夫よ、王都の別邸の方でも料理人見習いとして働かせるからね」

 料理長が子供だったら泣き出しそうなウィンクをかます。

「じゃあ、その、フェリさん」

 シオンは料理長の後ろで隠れているフェリの前に移動する。

「僕の専属になってくれますか?」

「あっ、は、はい! 精一杯頑張らせていただきます!」

「もう我慢できません!」

 専属になれた喜びでぶんぶん揺れていたもふもふのしっぽにリアが抱き着く。

「1件落着ね」

「……もう少し、楽しみたかったけど」

「それはよかったですね。ところで皆様一つよろしいでしょうか?」

 料理長とミヒャエルの会話に返事をしながらエマさんが入ってくる。全員自然と背筋が伸びた。

 案の定、みんな揃ってエマさんに叱られるのだった。


 


 

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