第37話 少年期 動き出す影
「ギース、屋敷の近くで情報を集めていた奴らからだ」
「なんだって?」
ギースは安宿の窓辺で椅子に腰かけながら本屋で買った本をぱらぱらと流し読んでいく。
「対象が明日オーデンヴァルドの森に向かうそうだ」
ページをめくる手が止まった。
「オーデンヴァルドの森ねぇ」
オーデンヴァルドの森はかなり広大で、ローゼンベルク家の領内から隣接しているシュルツ子爵家の領内まで続いている。木々も狭い間隔で鬱蒼と生い茂っているから人目にもつきにくい。誘拐を実行に移すなら悪くない場所だ。
「それで他に誰がついて行くんだ?」
「話じゃ長男のブルーノと3男のシオンとかいうガキと護衛の騎士1人がつくらしい」
「次期領主様か……」
ガキは問題ないとして領内随一の剣術の使い手に護衛の騎士1人か。恐らく護衛も相当な腕なのは間違いない。
「ギース、千載一遇のチャンスだ! じっと待っていたかいがあったな」
「……まぁ、そうだな」
鼻息荒くまくし立ててくる男に冷ややかな目線を送りながらギースは思考する。護衛1人の相手なら俺でなんとかなるだろうが問題はブルーノだ。こっちの奴らがまとめて襲い掛かっても勝ち目はまずない。
じゃあ俺が時間を稼ぐか? いや、時間を稼ぐことは出来ても勝つことは無理だしその後に逃げ切れるかも微妙だ。第一、俺が足止めしてもこいつらが攫ってこれるかも良くて五分五分だろう。
とは言え、これがチャンスなのは間違いない。屋敷に籠られていたままと比べたら何十倍も成功の確率が上がった。何より部下たちも痺れを切らしてるし、俺らが領内に入っている話もどこかから漏れているようだし動くなら明日しかない。
「早速他の奴らにも伝えてくるぜ!」
「待て」
足早に部屋を出て行こうとする男を呼び止める。
「なんだよ?」
「全員は集めるな、一部の奴らには別行動でやってもらいたいことがある」
可能性は上がったと言ってもこのままじゃ明日は間違いなく失敗する。なら手を打つしかないだろう。ギースはニヤリと口元を歪ませた。
「シオンお兄さま、早く行きましょう!」
「リア、待って! ブルーノ兄さんを待たなくちゃ」
手を引っ張って屋敷の外に出ようとするリアをシオンは何とか宥める。
「むー」
リアは待ちきれないのかリスのように口を膨らませる。
「もうすぐ来るから、ね。それに外に出るときはブルーノ兄さんと護衛の人が揃ったらって昨日約束したでしょ」
「……はい、約束しました」
リアはしぶしぶ頷いたが、早く外に行きたくてうずうずしていた。
「……二人ともおはよう」
エントランスで待っている二人に眠そうな声がかかる。
「ミヒャエル兄さんおはようございます」
「おはようございます」
「……こんな朝早いのに二人とも元気だね」
「ミヒャエル兄さんは随分と眠そうですね」
ミヒャエルはうつらうつらとしていて、横になったら今にも寝てしまいそうだ。
「……昨日、色々と調べ物をしていてね。今日だったっけ? 二人が外に行くのは」
「はい!」
元気よくリアが返事をする。
「そっか、分かっていると思うけど気を付けるようにね」
「わかりました」
「はい」
「2人とも待たせたな!」
廊下の奥からブルーノが1人の騎士を従えてやってきた。
「ブルーノお兄さま遅いです!」
「悪い悪い」
ブルーノは悪びれた様子なく笑いながら返す。
「シオン様、リア様、遅くなって申し訳ございません」
甲冑に身を包んだ騎士は兜を取りピシッと頭を下げた。その顔を見てシオンが顔を綻ばせる。
「ゲオルグさん! お久しぶりです」
「はい、シオン様。少し見ないうちにご立派になられましたね」
ゲオルグは嬉しそうに目じりを下げた。
「ゲオルグすまないな。任務が終わって街に戻ってきてばっかりのところに」
「いえ、この老体でよろしいなら喜んでお供させていただきますよ」
一行は屋敷の庭に準備していた馬車に乗り込み街の中を進んでいた。本人は老体と言うゲオルグだが、齢60でありながらローゼンベルク家の騎士団の1隊の隊長を未だ務めているほどの実力者で、体躯も衰えている感じは全くしない。
「シオン様もリア様も本当に大きくなられましたね」
二人を幼い頃から知っていて、孫のように思っているゲオルグは仲良く窓の外を感慨深そうに見つめる。
「ああ」
ブルーノも思わず口元を緩ませる。オーデンヴァルドの森に行くことにしたのはリアが自分も外に行ってみたいと駄々をこねたのと、ゴブリン討伐の一件からよりストイックに鍛錬に励むようになったシオンのリフレッシュになればと考えてのことだった。
「シオンお兄さま、屋台が一杯あります!」
「そうだね、帰りに屋敷のみんなの分も合わせて買おうか」
「はい!」
敬礼する門番たちにシオンとリアは手を振りながら馬車は正門を抜けていく。
「……行くぞ」
馬車が街を出て少しして、数人の冒険者風の男たちが馬車を追うように街を出て行った。
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