第38話 少年期 オーデンヴァルトの森

「皆様、到着しました」

 御者の男が馬車を止めドアを開ける。

「おう」

「シオン様、リア様どうぞ」

「ありがとうございます」

 先に出て危険がないことを確認したゲオルグが手を差し述べてきた手を取りながら二人は馬車を降りる。


 眼前に広がる森は青々とした葉が生い茂った木々が立ち並び、風に揺られて一様にざぁと葉音を鳴らしている様は圧巻だった。

「凄いです……、ね、シオンお兄さま」

「うん、そうだね」

 この奥に僕が拾われた場所があるんだ。シオンは見えない森の先を凝らすように見つめていた。


「悪いがお前は少しここで待っていてくれるか」

「承知いたしました。お気をつけて」

「あんがとよ、じゃあ少し中に入ってみるか」

「はい!」

 ブルーノの言葉にリアが元気よく返事をする。

「ゲオルグさん、魔物とか大丈夫なんですか?」

「ご安心ください、シオン様。昔こそ多くの魔物がいたこの森ですが、カール様のご活躍によってほとんど根絶しております。自生している果物などを取りに近隣の農民たちが来るぐらいには安全ですので」

「わかりました、ありがとうございます」

「いえ、それにもし何かありましたら、このゲオルグが命に代えてもお守りいたしますので」

 ゲオルグはしわだらけの顔を笑顔でさらにしわくちゃにしながら、胸に手を当て忠誠のポーズを取った。


 一行は馬車の御者を入り口に残して森に入っていく。ゲオルグが言っていた通りある程度人が入っているようで、大人3人ぐらいが横に並んでも通れるぐらいの道ができていた。

「懐かしいな」

 ブルーノがあたりを懐かしそうに眺めていく。

「ブルーノ兄さんは来たことがあるんですか?」

「子供の頃に何度かな。よく木に登って果物とか取って食べてたんだよ。この時期だと流石にまだなってなさそうだけどな」

 ブルーノはあの木は美味しい果物がなるんだとか、あっちの木の果物は見た目は美味しそうだが食べると信じられないぐらい酸っぱいとか、指さしながら説明する。

「ブルーノ兄さん詳しいんですね」

「まあな」

 ブルーノが満足げに鼻を鳴らす。

「シオン様、騙されてはいけません。要はそれだけブルーノ様が屋敷を勝手に抜け出していただけのことです。私も若いころに何度この森までブルーノ様を追いかけにきたことか」

「ゲオルグ、それ言うなよ!」

「事実ですので」

 ゲオルグはそう言って快活そうに笑った。

  

「あれ、確かここら辺だったと思うんだけどなー」

 ブルーノは辺りを見回しながら頭をかく。入り口側よりも木々の密度が上がり、生い茂った葉が太陽の光を遮っているせいもあって大分涼しくなってきた。

「リア、寒くない?」

「大丈夫です。あっ、でも転ぶと危ないのでシオンお兄さまと手を繋いでいいですか?」

「いいよ」

 差し出された手をリアは嬉しそうに握る。

「ブルーノ兄さん、何処を目指してるんですか?」

「そりゃ、ついてからのお楽しみ……っと、ちょっと静かにしてもらえるか」

 ブルーノは目を閉じ耳を澄ませる。シオンも足を止め耳に集中する。

「水の音?」

「こっちだ! 多分もうすぐだぜ」

 草木の生い茂ったけもの道のようなところをブルーノが先陣を切って抜けていく。そしてすぐさま「あったぞ!」と大きな声が届いた。

「お二人とも失礼いたします」

「えっ!」

「わぁ!」

 ゲオルグは両肩にシオンとリアをそれぞれ担ぎ上げた。

「草で手を切ってしまうかもしれませんので」

 確かにけもの道はシオンの腰ほどまで伸びた雑草が生えており、まだ背の小さい二人が通るには一苦労だろう。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

「あっ!」

 普段より高い視線に喜んでいたリアが大きな声を上げた。つられてシオンも目を向けると、けもの道の先には小さな湖があった。


「どうだ凄いだろ! 子供の頃に見つけたんだぜ!」

「「はい!」」

「こんなところに湖があったとは……」

 ゲオルグも知らなかったで伸びたあごひげをさするように手を当てる。

「凄い綺麗です!」

 リアは湖の傍まで向かい手で水をすくう。

「シオンお兄さまも早く来てください」

 手をこまねいてくるリアに近づく。水は底が見えるほど澄んでいて、手を入れるとひんやりと気持ちいい。湖の傍では様々な花が咲いていて、まるでここだけおとぎ話の1シーンのような光景だ。

「どこから水がきてるんでしょう?」

 リアの言葉にシオンも湖の周りに視線を向けるが、小川などが繋がっているようには見えない。

「ああ、たぶん地下からだろうな。昔探索した時にはここに繋がってる水源は見つかんなかったし。とまあ、そんなことより二人ともお腹すいてないか?」

「はい」

「リアもお腹すきました!」

「そんなこともあろうかと、こんなものを用意してました!」

 ブルーノの手にはいつの間にか木材を編んで作られたランチボックスがあった。

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