第39話 少年期 襲撃

「ギース、まだ行かねぇのか」

 小声で飛んでくる言葉にギースは心の中で舌打ちした。ただでさえ草木の中に紛れ込んでいてストレスが溜まっているのに。

「ああ」

「明らかに気が抜けている状態だぞ」

 視線の向こうではローゼンベルク家の3人と護衛の騎士1人がサンドイッチを摘まみながら談笑している。

「今攻め込めば上手くいくって!」

 男は鼻息荒く進言する。

「ここから他の奴らに合図をして近づいてみろ。近づく途中で気づかれて終わりだ」

 ギースたちはシオンたちから10メートル以上離れた草むらの中に身を潜め、瞳に身体強化をかけて様子を伺っている。道なき道を10メートル進む時間があれば、相手は間違いなく態勢を整えられる。なんでそんな当たり前のことがこいつはわからない?

「だったらどうするんだよ」

「そろそろ用意した策が動くはずだ。お前もとっとと持ち場に戻れ」

 ギースが睨みつけると男は言いたげな表情を浮かべていたが、口をつぐみ持ち場に戻っていく。その数分後、森の入口の方から掛け声とともに足音が近づいてくる。

「ブルーノ様! ブルーノ様! 何処におられますか!」

 声に気づいたブルーノが顔を上げる。

「おい、こっちだぞ!」

 うまくいったな。ギースはほくそ笑む。だが油断はできない。

 悪いがお前には攫われてもらうぞ、ローゼンベルク家の末娘ちゃんよ。


 シオンたちがサンドイッチに舌鼓を打っていると、声と足音が近づいてきていた。

「ブルーノ様! ブルーノ様! 何処におられますか!」

「おい、こっちだぞ!」

 ブルーノが呼応すると、すぐさまけもの道から銀色の甲冑を着込んだ若い騎士が現れブルーノの前で片膝を付いた。

「ブルーノ様!」

「どうした」

 騎士は耳元でブルーノに囁く。ブルーノは一瞬だけ表情を変えた後、「わかった」と答える。

「シオン、リア、悪い、急用ができたから俺は先に街に戻る」

「わかりました」

 帰り支度を整えようとするシオンをブルーノが止める。

「俺のことは気にせず二人はゆっくりしな、まだ来たばっかだろ。ゲオルグ、2人のこと頼んだぞ」

「承知しました」

「ブルーノ様案内します!」

「いや、悪いがお前もここに残ってゲオルグのサポートをして貰えるか?」

「しかし」

「クリストフ、次期領主様の指示だぞ」

 ゲオルグがたしなめると、クリストフは整った顔を一瞬歪めつつも、「承知しました」と呟いた。


 慌ただしくブルーノが去った後、ゲオルグとクリストフは水辺で遊ぶ2人と少し離れた位置で見守っていた。

「なんでこの僕がガキのお守なんか……」

「おい、口を慎め」

「だって事実じゃないですか」

 クリストフは悪びれることなく両手を広げた。

「次男のミヒャエル様ならまだしも、ここにいるのはどっか嫁に行く次女と、そもそもローゼンベルク家の人間じゃないガキ……」

「クリストフ!」

 気づいた時にはクリストフはゲオルグによって近くの木に押し付けられていた。振動によって近くに止まっていた鳥たちが一斉に飛んでいく。

「……貴様、言っていいことと悪いことがあるぞ」

 ゲオルグはドスのきいた声を上げる。

「ゲオルグさんは確かにもう騎士としてピークは過ぎてますし、子守役が丁度いいかもしれないですね」

 クリストフはそんな状況にもかかわらず、不敵な笑みを浮かべる。

「お二人ともどうしたんですか⁉」

「シオン様、いえ、なにも……」

「僕が言ったんですよ、なんでガキのお守をしなきゃいけないんですかって。そもそも僕はブルーノ様かミヒャエル様の近衛兵になるために騎士団に入ってるんです。こんなところで無駄な時間を過ごしている余裕はないんですよ」

「クリストフ! いい加減に……」

「ゲオルグさん、僕は大丈夫なんで離してあげてください」

「しかし……」

「お願いします」

「……承知しました」

 クリストフの前にシオンが立った。整った顔には自信がありありと浮かび、体躯は細身だが筋肉質だ。それに自信を裏付けるだけの実力があることは前に立って分かった。

「クリストフさん、今だけでいいので護衛をお願いします。後でブルーノ兄さんに口利きしますので」

「シオン様! 頭を下げる必要はありません」

「口利きなんて必要ないです、僕は自分の実力で近衛兵になりますので。それにブルーノ様から頼まれている以上、きちんと護衛はこなしますよ」

 クリストフはシオンを一瞥してその脇を通り抜けていく。

「シオン様、本当に申し訳ありません」

「気にしないでください」

「クリストフは実力はあるんですが、あの通り性格に難がありまして……っ!」

 危険を察知したゲオルグは急にシオンを守るように抱きしめ地面に伏せる。伏せた頭上をキラリと光る針のようなものが飛んでいく。針はリアの方に歩いていて背中を向けていたクリストフに一直線に飛んでいく。

「クリストフ!」

「わかってますよ!」

 クリストフは振り向きざま剣を抜いて針を叩き落とす。

「この程度の攻撃が僕に当たるとでも」

 クリストフは針を投げてきたでところに向かって魔力で作った氷の矢を放つ。

「ぎゃあああ!」

 森の中から野太い悲鳴が聞こえてくる。

「シオンお兄様」

「リア怪我はない?」

 リアがぎゅっとシオンに抱き着く。小さな体は震え、瞳には涙がにじんでいた。シオンは彼女を落ち着かせる様に優しく抱きしめる。

「大丈夫だからね」

 ゲオルグとクリストフは2人を守るように一歩前に出て武器を構えた。


「やっぱりそう簡単にはいかないか……」

 そんな声と共に1人の男が森から出てきた。やせ型で茶色の髪、年齢はシオン達よりも一回り上ぐらいの飄々とした青年だ。青年に呼応する様に森の中から男たちが出てきてシオン達を囲う。

 青年は一歩前に出るとにやりと口元を三日月に曲げ、リアを指差す。

「その子をこちらに渡してもらおうか」



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