第18話 少年期 ダーヴィットの過去
「あの、オリヴァさん聞いてもいいですか?」
庭師たちが交代で休憩を取るようになり、若い庭師の一人が休憩中に古参の庭師でダーヴィットと付き合いも長く、右腕のような存在であるオリヴァに声をかけた。
「なんだい?」
「その、どうして親方いつもよりやる気があるんですかね?」
周りで休憩していた数人の若い庭師たちも気になっているようで聞き耳を立てているようだった。
「ああー、そうかお前らはシオン様のこと知らないんだよな」
「だとしたら不自然に思えるか」
古参の庭師たちが各々口を開く。オリヴァはコーヒーを一口飲んでからゆっくりと口を開く。
「シオン様はな、ダーヴィットの恩人なんだよ」
「恩人? ですか?」
「ああ、ほら休憩時間もそんなないんだし、みんな食べながら聞いてくれて構わないから」
オリヴァはそう言って若い庭師たちに食べ物や飲み物を進めつつ話を続ける。
「今から3、4年前ぐらいだったかな。ダーヴィットはとある大商人の専属庭師をやってたんだよ。その時にな、大商人の子供が庭の剪定中の俺たちに近づいて『僕にもやらせろ』って言ってきたんだ。当然危ないから許さなかった。万が一があったら問題だしな。だが、ダーヴィットが休憩中にその子は勝手にハサミをもって脚立に上って枝を切ろうとしていたんだ。休憩から戻ったダーヴィットはすぐにその子供の行動に気づいて止めに向かったが、間に合わなかった。枝を切ろうと体を伸ばして体勢が崩れた子供はそのまま脚立から落っこちた。全身打撲と落ちた拍子にハサミで腕を切ってな、つっても精々1センチぐらいの軽傷だったけど、大商人は激怒してな。ダーヴィットとの契約を一方的に打ち切ったんだ。慰謝料だとか言って金を一銭も支払わずにな」
「なんですか、それ。明らかにその子供の自業自得じゃないですか」
若い庭師たちはうんうんと頷き合う。
「そうなんだけどな、でもそれだけならましだった。そいつはそれから他の顧客や周りに『あの事故はダーヴィットのせいだ』と言いふらし始めたんだよ。そこからダーヴィットへの仕事の依頼は激減しちまった。いくら腕がいい庭師といえど所詮は一般市民だ。大商人を敵に回してまで助けようとするやつはいなくてな。その内生活にも困るようになっていっちまった。しかもその時ダーヴィットの奥さんは妊娠しててな。俺たちもそこまで余裕があるわけじゃないけど、俺ら庭師のリーダー的な存在で何度も世話になってたから、幾らか渡そうとしたんだけど、『俺と関りがあると知られるとお前たちまで巻き添えにしちまう』って一切受け取らなくてよ。それであいつ自分の飯とか、そういったのまで切り詰めながらその日限りの肉体労働とかをするようになって、ある時町でぶっ倒れたんだ。そんなあいつに声をかけたのがシオン様だった」
オリヴァは若い庭師たちを見つめる。誰もが拳を握りしめムカついているのがわかった。厳しくもあるが面倒見がいいダーヴィットを慕っているのがよくわかる。彼らの視線に急かされるようにオリヴァは口を開く。
「倒れていたダーヴィットを見つけたシオン様はすぐさまダーヴィットを近くの宿屋に運ぶと食べ物や飲み物を与えて、2、3日看病してくれたらしいんだ。その間に一緒にいたアルベルト様がシオン様にダーヴィットのことを伝えたらしいんだ。大商人に目を付けられている腕利きの庭師だとかなんとか。シオン様は少し考え込んだ後、ダーヴィットに言ったらしいんだ『うちの庭を剪定してくれませんか?』って。それから回復したダーヴィットはローゼンベルク家の屋敷に連れてこられて庭の剪定をやったらしいんだ。そしてその庭をシオン様が領主のカール様に進言してローゼンベルク家の専属庭師に取り立てて貰ったんだよ」
「そんなことがあったんですね。だから親方はあんなやる気を出してるんですね」
納得した様子の若い庭師たちにオリヴァは「この話には続きがあってな」と言うと他の古参の庭師たちが次々に口を開いた。
「シオン様はダーヴィットが寝込んでいる間、ダーヴィットの家に使用人を向かわせて身重の奥さんの代わりに家のことをさせてたんだよ」
「しかもその間に、大商人とダーヴィットとの間にあったことをアルベルト様に調べさせてその調査結果を父のカール様に伝えてたんだ。その結果その大商人はカール様によって領内追放になったんだよ」
「シオン様そんなことまでしてたんですね」
「それだけじゃないんだよ」
オリヴァはカップに残ったコーヒーをグイっとあおる。
「ダーヴィットの家に行かせた使用人、ダーヴィットの看病にかかった費用、一回目の庭の剪定をしたお金、全部シオン様がこれまでに貰ったお小遣いとかを貯めたもので賄ったんだよ」
「えっ⁉」
「アルベルト様が前に教えてくれたんだよ。『僕の勝手なお願いでやってもらったことなのに家のお金を使う訳にはいきません』って譲らなかったらしい。カール様もシオンのおかげで優秀な庭師に出会えたから褒美を上げようって言ったら、『屋敷の使用人なのに無理を言ってダーヴィットの家の家事をやってくれた使用人と、裏で色々調べてくれたアルベルトに褒美を与えてください』ってよ。シオン様はそういうお人柄なんだよ。仕事している俺たちにいつも声をかけてくださるしな」
「そうそう、暑いときなんかはわざわざ氷の入った飲み物とかよういしてくださるしな」
「それに、ダーヴィットを助けてくれたシオン様は俺たちにとっても恩人なんだよ。そんな恩人の大事な晴れ舞台、何が合っても間に合わせないといけないんだよ」
オリヴァは立ち上がると、「俺は仕事に戻るわ。お前らはしっかり休んで戻ってきたらまた頼む」と告げて現場に向かっていく。
若い庭師たちも続いて持ち場に戻ろうとするが、そこは古参の庭師たちが休むのも仕事の内と押しとどめた。お前らまで休まなかったら他の若い奴らも休みにくくなるだろとも。
かくして数十人の庭師たちは高いモチベーションのままローテーションで夜通しの作業に取り掛かっていった。
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