第66話 少年期 昼休憩と東方からの留学生

 ひと悶着あった武術試験、その後の魔法試験を無事に終えたシオンはフェリクスと学院の食堂で昼休憩を取っていた。


『ねぇ、あの2人でしょ』

『ああ』

『ダミアンを一瞬で倒したらしいぜ』

『二人ともかっこいいよね』


「いやぁ、疲れたね」

 フェリクスはパスタをフォークでくるくると巻きながら口に運んでいく。

「そうですね……」

 体力的には余裕があるけど……。

 シオンが周囲に顔を向けると飛んできていた視線が四方八方に霧散していく。


 食堂は8人掛けのテーブルと椅子がずらりと並んでいて、シオンたちはその一つに向かい合って座っていたが2人の隣どころか同じテーブルに誰も座ってこない。食堂はそれなりに混み合っているのにもかかわらず。両側の空いたスペースが2人を余計目立たせていた。


「そのうち慣れるよ」

 フェリクスは周囲の視線を意に介さず堂々としている。やっぱり王族だし周りから見られる状況には慣れているんだろう。

「そうだと良いけど……」

 シオンもフェリクスと同じくパスタを口に運ぶが、正直味がわからない。

「僕が知っている限り、唯一君の弱点だね」

 そんな様子にフェリクスは可笑しそうに笑った。


「それにしても魔法の扱いもあれだけ上手いとはね、僕も武術よりも自信があったんだけど」

「フェリクスの方が早かったじゃないですか」


 魔法試験はグラウンドにある10個の的に向かって魔法を当てるというものだった。フェリクスはそこで上空から雷を落とし、全ての的に一発で雷を当てたのだ。その光景に同じグループで回っていた女子生徒たちから、キャーキャーと黄色い声が上がったのは言うまでもない。


「タイムだけはね、でも威力は君の方が上だろう? なにせ的全てを壊してしまうんだから」

「……」

 脳裏に的を全て壊されるのを見て、引きつった笑みをした試験官の顔が思い浮かんでくる。

「そのせいで僕らはこうして周りから距離を取られてしまっているわけだ」

 ナプキンで口元を拭き、フェリクスはちらちらとみてきている女子生徒たちに小さく手を振る。

「手を振ってもらうのが嬉しいなら直接話しかけにきてくれればいいのにね」

「接点ないと話しかけにくいんだと思いますよ」

「そう言うものかい」

 なるほどと口元に手を当てながら、フェリクスは喜んでいる女子生徒たちの様子を興味深そうに観察していた。


「少し散歩しよう」

「そうだね」

 2人は食堂を出て学院内を適当に歩いていく。格子状になっている道は全て石畳で整備され、ある道は両サイドに立派な木々が植えられ、薄ピンク色の花を咲かせており、またある道の傍には青々とした芝生の生い茂った空間があった。


「ようやく次が最後になるね、学力試験の自信は?」

「平均ぐらいはいけると思う」

「まあ君なら平均ぐらい取れれば間違いなく一番上のクラスだろうね」

「そこの御二方ー」

 二人が顔を向けると芝生の上、かなり先の方でこちらに向かって大きく手を振っている生徒の姿が見えた。


「どうやら僕らを呼んでいるみたいですね」

「ちょっと気になるから行ってみよう」

 乗り気なフェリクスに勧められるまま、2人は声の方に近づいて行った。


「気づいてくれて良かったです。……誰も呼べなかったらお嬢が拗ねてしまうところでした」

 アヤメと名乗った女子生徒はほっと胸を撫で下ろしていた。

「それで、僕たちを呼んだ理由は何だい?」

 そう尋ねるフェリクスだが、彼の興味はアヤメの後ろにいる女子生徒に向かっているようだった。


 芝生の上に5、6人は座れそうなシートが敷かれ、その上には赤い大きな番傘が広げられている。女子生徒はそこでお椀の中に入っている緑色の液体を手のひらサイズの箒のような道具を使い一心不乱にかき混ぜていた。


「……抹茶?」

 シオンの言葉を聞いて女子生徒の動きがピタリと止まった。

「あんた知ってるの!?」

 気の強そうな釣り目がシオンを射抜く。瞳の奥に期待されているような感情が見える。 

「……いえ、名前だけです」

「あっ、そう……。まぁ、でもいいわ。名前だけでも知っている人に初めて会ったから」

 申し訳なさそうに答えるシオンに彼女は少し気落ちしたようだが、気を取り直したのか緑色の液体をかき混ぜていく。


「驚きました。まさか名前だけでも抹茶を知っている人がいるなんて……。まずはどうぞ座ってください」

「失礼します」

「その、もしかしたら既に気づいているかもしれないですけど、私たち東方の方からの留学生なんです」

「確かに、顔立ちも僕らと違うみたいだね」

 フェリクスは無遠慮にアヤメの顔をまじまじと見始めたので、シオンがそれとなくたしなめ、顔を赤くさせながらどうすればいいか困っていたアヤメに視線で続きを促す。


「それでこちらの国ではお茶会で交友を深めると聞いていたので、こうしてお茶会を開いたのですが誘った方々が誰もきてくれず……」

「そのタイミングでやってきた僕らに声をかけてきたと」

 フェリクスの言葉にアヤメが頷く。

 恐らく誘われた人たちは自分たちの想像しているお茶会じゃなく、ミスをして嘲笑されたくないと考えて来なかったのかもしれない。貴族はメンツを大事にするものだし。


「申し訳ない、僕は君たちのお茶会の作法を全く知らないんだけど?」

「それは気にしないでください。もともと厳しくするつもりはありませんので」

「なら是非、シオンもいいよね?」

 興味深々と言った様子でフェリクスが尋ねてくる。

「はい、ご迷惑じゃなければお願いします」

 シオンとしても抹茶に興味があった。

「ありがとうございます。良かったですね、お嬢様」

 アヤメが声をかける。

「べ、別に、誰も来なくてもよかったし」

 そう言いつつも彼女の表情は何処か嬉し気に見える。

「アカネ・ウルシバラよ」

「シオン・ローゼンベルクです。よろしくお願いします。アカネさん」

「……ま、まぁ、これから仲良くしてあげてもいいわ」

 アカネはシオンの笑みを見るや否や視線をお椀に戻して、点てたお茶をシオンとフェリクスに差し出す。


「無自覚なのが恐ろしいね……」

 フェリクスが興味深そうにぼそりと呟いたが、シオンは小首を傾げるだけだった。

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