第65話 少年期 イカサマ疑惑

 試験官の終了の合図に合わせてシオンは模造剣を引き、開始位置まで戻って一礼する。

「待てよっ!」

 振り返れば、羞恥で顔を真っ赤に染め上げたダミアンが憎しみの籠った瞳を向けてきていた。

「イカサマだっ!」


 ダミアンは指さすように剣先をシオンに向ける。その言葉に試合を見ていた生徒たちが騒めきだす。

『イカサマ?』

『そんなことありえる?』

『でも、身体強化の魔法もなしにあんな早く動けるのか?』


「身体強化の魔法でも使わない限り、あの距離を一瞬で詰められるわけがないよなぁ!」

 周りの様子を確認してダミアンは口元を三日月に歪ませる。さらに取り巻きたちが声を上げたことで全体の雰囲気は徐々にダミアン側に傾きつつあった。

「魔法は使っていません」

「口では何とでも言えるよな。これだから偽者は」

 ダミアンは吐き捨てるように告げる。

「試験官、早くそいつを調べろよ」


『本当にイカサマしたのかな?』

『最低じゃない?』


 周囲のざわめきは次第に大きくなっていく。

「……シオン・ローゼンベルク、確認させてもらえますか?」

 考え込んでいた試験官がシオンの元までやってきて声をかけた。それは試験官もシオンが魔法を使っていたのではないかと暗に考えていることを示していた。

「……わかりました」

 実際使っていないのだ。調べられたところで問題はない。だけど……

 シオンが周囲を見回すと生徒たちのほとんどはダミアン側の意見を信じ、鋭い眼差しを飛ばしてきていた。


 シオンは打開策を考えていたが思い浮かばない。この後の確認で何もなかったとしてもイカサマをした疑惑がついて回る。上手くばれないようにしたんだとか、そんな噂を立てられることも予想できた。かと言って確認を拒否すれば、それこそイカサマをしていたんだと周囲は間違いなく思うだろう。


 ティアナ姉さんに迷惑が掛からなければいいけど……

 顔を上げれば、ダミアンがこちらを嘲笑していた。拳をぎゅっと握り我慢する。


「こちらに来てもらえるか?」

「……はい」

「その必要はないと思いますよ」

 その男はいつの間にか試験官とシオンの前に立っていた。


 ぼさぼさの髪に無精ひげ。体格こそ騎士のようだが、首からぶら下げられている教員のカードがなければごろつきと間違う風貌だ。

「ライナー先生!? 今日はお休みでは?」

「そのつもりだったんですけど新入生の実力が気になってしまいましてね」

 見た目とは裏腹に優しそうな声音。

「そうですか」

「それよりも……」

 恥ずかしそうに後頭部を掻いたライナーが視線をシオンに向けた。表情こそ柔らかかいが瞳の奥に刃物のような鋭さが伺える。


「君いい動きだったよ」

「あ、ありがとうございます」

 突然のことに驚きつつもシオンは頭を下げる。

「開始と同時に一気に距離を詰める。先手必勝の型が上手くはまったようだね」

「……っ!」


 この人には僕の動きが完全に見えていたのか。

「今回は成功したけど格上が相手の場合はこのまま返り討ちに合ってしまうよ。もっとフェイントを入れたり、緩急をつけたり工夫が必要だね」

「はい」

 確かにブルーノとの鍛錬の時は当然のように受けられていた。 

「先手を取る剣術を極めるなら、二の矢、三の矢、まで考えておくべきだね。特に勢いを止められたときは要注意」

 シオンは頷く。

「でも、12歳であれだけの動きと一振りができるやつはそうそういない。それは誇誇っていい」

「ありがとうございます」

 ライナーが相好を崩す。

「君と授業で会えるのを楽しみにしてるよ」


「ちょ、ちょっと待ってください。ライナー先生」

 そのまま何事もなかったかのように返ろうとするライナーを試験官が呼び止める。「なんですか?」

「さっき彼の確認は不要と言っていましたが本当ですか?」

「ええ、見てたらわかるじゃないですか?」

「そんなわけないだろっ!」

 さも当然のように答えるライナーにダミアンが突っかかった。


「おいっ!」

「まあまあ」

 試験官が注意しようとするのをライナーが手で制す。

「ダミアン君でしたかね? どうしてそう思ったんですか?」 

「普通に考えておかしいだろっ!」

「普通? つまり君にとってあのスピードは身体強化の魔法を使わないとできないと?」

「そうだよっ!」

 鼻息荒くダミアンが答える。

「そうですか……」


「……はっ?」

 それは一瞬の出来事だった。ダミアンの眼前には先ほどと同じように剣先が向けられている。それも模造剣ではない、真剣だ。一拍遅れてダミアンが尻餅を着く。

「身体強化は使わなくてもこれぐらいならスピードを出せるんですよ」

 ライナーがにっこりと笑う。

「これでわかりましたか? 君の言う普通は主観でしかありません。もっと視野を広げるべきですね。折角の才能が腐ってしまいますよ」


「じゃあ、私はこれで、あっ、そうそう」

 思い出したようにライナーが言葉を紡ぐ。

「私はローゼンベルク家に買収されてもいませんし、そこの試験官よりも実力は上ですので、では」

 ライナーは最後にシオンと生徒たちの中にいたフェリクスに視線をやってからその場を悠然と去っていく。

「こほん、で、では試験を続ける」

 試験官が声を上げた。


『イカサマじゃなかったんだ』

『同い年であんな動きができるのか……』

『あのライナー先生って凄すぎない?』

『てか、さっきのあれって負けた言いがかりってこと?』

『ちょっとダサくない?』

『一瞬で負けてたしな』


 ひそひそとそんな言葉達が生徒たちの中を飛び交っていく。

「……シオン・ローゼンベルク」

 絶対に許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。

 ダミアンは体を怒りで震わせながら、フェリクスと談笑しているシオンを睨みつけていた。





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