第64話 少年期 フェリクス・グロファイガー
「両者、構え」
「すいません、一ついいですか?」
試験官の言葉にフェリクスが待ったをかけた。
「なんですか?」
「一言だけ」
フェリクスは視線を対戦相手のルートに向ける。
「学院内ではみんな平等だ。気にせず全力で来て欲しい」
「は、はい! ありがとうございます!」
ルートは勢いよく頭を下げた。そうは言ってもまだ緊張は残っているようだが、向かい合った時のがちがちになっていた時に比べれば大分ましに見える。これならある程度本来の実力を出すことも可能だろう。
「では、両者構え!」
咳ばらいを一つして試験官が声を上げる。どんな戦い方をするんだろう。シオンは距離を取って構えた二人に注視する。
「始め!」
「やぁぁぁ!」
先に動いたのはルートだった。自分を鼓舞するかのように声を上げながら一直線にフェリクスとの距離を詰めていく。間合いに入った瞬間剣を横に振るう。
「おっと」
フェリクスはバックステップで軽やかに躱し、間髪入れずに攻撃に転じた。
「くっ!」
ルートはやや態勢を崩しながらも攻撃をなんとかさばいていく。木製の模造剣がぶつかり合う鈍い音が辺りに響きわたる。
舞を見ているみたいだ。目の前で繰り広げられている光景にシオンはそう感じた。フェリクスはリズミカルにステップを踏みながら縦に横にと剣を振るっていく。反撃されそうなときはまるで読んでいたかのようにひらりと躱す。
「くそっ!」
次第に追い込まれているルートの方は表情が険しくなっていくのに対し、フェリクスは未だ涼しい顔のまま。剣を振るうたび、さらさらした長めの髪が風にそよぎ、その様子に女子生徒たちが見惚れている。
「そこまで!」
それから程なくしてフェリクスの剣がルートの眼前に届いていた。
「無事に勝ててよかったよ」
汗をタオルで拭いながらフェリクスが声をかけてくる。その後ろでは既に新たな勝負が始まっていた。
「お疲れ様でした」
何となく居心地が悪い。というのも、勝負後からフェリクスに向かって周りにいる女子生徒たちの視線が集まっているからだ。それに、気づいていなかったとは言え、王子相手に敬語を使わずに話していたのもある。
「ありがとう。それとあらためて、グロファイガー王国第3王子のフェリクス・グロファイガーです。よろしく」
「ローゼンベルク家の3男のシオン・ローゼンベルクです。宜しくお願いします」
姿勢を正して名乗ったフェリクスに緊張しながらシオンも応じる。差し出された手を握るるとフェリクスが微笑む。
「敬語は不要だよ」
「ですが……」
「お願い」
シオンにウインクを見せると周りから黄色い声が漏れ出ていた。
「善処します……」
「ありがとう、それより周りの視線が気になるかい?」
「少し……。勝負の時は集中しているから大丈夫だと思うけど……」
「こういうのは慣れだからね」
フェリクスは周りに軽く手を振った。するとまたしても黄色い声が溢れ、試験官が注意する。
「怒られてしまった子達には悪いことをしたね」
フェリクスがくすくすと笑う。屈託ない表情にシオンもつられて笑みをこぼした。
その後も試験は順調に進んでいく。フェリクスの他に目についたのはダミアンに目を付けられていた平民の男子生徒、マルクだ。素早い動きで敵を翻弄し、隙を見せたところに重そうな横薙ぎの一撃。相手にほとんど攻撃すらさせず完璧と呼べるような試合ぶりだった。
「あれは痛そうだね」
「うん」
「純粋な武術の実力なら今いるメンバーの中で上位だろうね」
「そう思います」
ここまで試合に出ていた生徒の中では、マルクに勝てそうなのはフェリクスぐらいだろう。
「でもこの中で一番強いのは決まっているね」
「そうなんですか?」
そんな強い人がいるのか。シオンは誰だろうと周りをきょろきょろと伺う。その様子にフェリクスが思わず吹き出した。
「すまない。予想外の行動だったから」
「いえ」
子供っぽい行動だったことに気づいてシオンが頬を染める。
「次、ダミアン・エルベン!」
シオンがぴくりと反応する。呼ばれたダミアンは不遜な態度を取りながら前に出て行く。
「ねぇ、シオン」
「なんでしょうか?」
「君なら彼を一撃で倒せるよね?」
「……どうでしょう」
勝負の世界に絶対は有り得ない。ただ、彼と当たっても負ける気はしない。
「対戦相手は……」
「なら、もし彼が対戦相手だったら、君の本気を見せてくれるかい?」
「わかりました」
もとより誰が相手だろうと全力で戦うつもりだったシオンは一も二もなく頷く。
「シオン・ローゼンベルク」
試験官の声がグラウンドに響いた。
どうなるか。
フェリクスは勝負が良く見えるように最前列まで移動した。
王家の人間でもあるせいかフェリクスには色々な情報が入ってくる。その情報だけで考えればダミアンの方が有利だ。体格もシオンより上で身長だけでも10㎝ぐらいは差があるだろう。武術の実力も同学年の中で三本の指に入るぐらいの腕前と聞いている。
反対にシオンの情報はあまり入ってきていない。それは彼の出自によるところが大きい。貴族連中からしたら彼が自分たちと同じカテゴリに属されることが許せないのだろう。
だが、フェリクスは間違いなくシオンが勝つと考えていた。幼いながらもこれまで様々な人物と会ったことで培ってきた直感がそう告げているのだ。
そもそも情報が正しいとは限らないしね。っとそろそろ始まるか。
「始め!」
試験官が高らかに宣言した数秒後、フェリクスは目を見張った。周りの生徒たちも一言も言葉を発せていない。一瞬の静寂がグラウンドを包み込む。
「そ、そこまで!」
我に返った試験官の慌てた声がグラウンド中に響いていた。
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