第63話 少年期 武術試験開始
「お前、ローゼンベルク家の養子だろ?」
エルベン伯爵家の男子生徒はシオンの髪を見て鼻で笑う。
「運よくローゼンベルク伯爵に拾われただけの偽者貴族がよくも偉そうなことを言えたもんだな」
その言葉に取り巻きたちも嘲笑する。
「……」
シオンは何も返すことなく、ただじっと彼らを見つめた。その様子に男子生徒が思い切り舌打ちする。
「百歩譲ってお前と俺、家格は同じかもしれないが、俺は次期エルベン家の当主になんだよ。てめぇみたいな家も継げない、血も繋がってない紛い物とはわけが違うんだよ」
「……」
「何か言い返してみろよ」
「……」
またしても何も答えず、構えたまま鋭い視線を向けるだけ。その異様な光景に取り巻きの1人が怖気づいて声をかける。
「ダミアン様、こんな奴の相手なんか……」
「うるせぇ! お前は黙ってろ!」
ダミアンは思い切り声を荒げた。思い通りになっていないことに苛立ち、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
「偽者風情が調子に乗るなよ。どうせお前みたいなやつはまともな教育を受けてないんだろ」
「……それは、ローゼンベルク家に対する侮辱ですか?」
ようやく反応したシオンにダミアンは口元を歪ませた。
「そうだって言ったらなんだよ。大体どこの馬の骨かもわからない子供を拾って養子にするとかローゼンベルク伯爵もだいぶボケてんのかね」
「……っ!」
その瞬間、シオンから出される威圧感が一気に強まった。睨みつけられた取り巻きの1人は足が震えている。
「……今の発言、撤回してください」
今すぐにでも殴り掛かりたい気持ちをぐっと抑え、冷静に言葉を紡ぐ。
「撤回して欲しかったら、俺らを倒してみろよ」
取り巻きたちも合わせて6人。人数だけみたら圧倒的不利だろう。剣を握る手に力が籠る。試験前に問題を起こすことも良くない。頭ではわかっている。
「まあまあ、その辺で」
動き出そうと足に力を入れようとした瞬間、両者の間に一人の男子生徒が割って入ってきた。さっきまで話していた青みがかった黒髪の男子生徒だ。その顔を見てダミアンが息を飲む。男子生徒はシオンに笑いかけてくるりと向き直る。
「学院内ではみんな平等なはずだけど? 間違ってるかな?」
「……」
「それでも君が押し通すつもりなら、僕も身分を使わせて貰おうと思うんだけどどうかな?」
表情こそ柔らかいが、その瞳の奥はぞっとするほど冷たい。
「武術試験を始めます。受験する生徒たちは集まってください」
ダミアンが返事に窮していると、試験時間になり試験官たちがやってくる。
「……ちっ」
ダミアンはシオンをねめつけ、試験官の方に向かっていく。その後を取り巻きたちが慌てて追いかけていった。
「いやぁ、襲い掛かってきたらどうしようと思ったよ」
男子生徒は先ほどとは打って変わり柔和な笑みを見せる。
「僕らも行こうか、後ろの君たちも」
「……セルマ、行くぞ」
平民の男子生徒は怒りの籠った目でシオンたちを一瞥したあと、女子生徒に声をかけてその横を素通りしていく。
「えっ、あっ、その」
女子生徒はシオンたちとずんずん進んでいく男子生徒の間で視線を彷徨わせて、ぺこりと一度頭を下げてその後を駆け足になりながら追いかけていった。
「振られちゃったよ、なかなか上手くいかないね」
男子生徒が首をすくめる。
「さっきはありがとう」
「気にしないでいいさ。にしても君がローゼンベルク家の養子だったとはね」
彼の言葉にはダミアンたちのような悪い感じはなく、純粋な興味だけが含まれていた。
「僕らも行こう。ゆっくりしていると試験官に目を付けられてしまうからね」
彼に促されるように試験官たちの周りに集まっている生徒たちの一番後ろにつく。
「これから君たちには1対1で武術の勝負をしてもらう。対戦相手はこちらで既に決めてあるので、呼ばれたものは前に出てくるように。また、勝負の際、身体強化の魔法を含め魔法の使用は一切禁止とする。何か質問はあるか?」
ルールを告げた試験官が生徒たちを見回す。
「むしろ僕としては君の邪魔をしてしまったと思ってるんだよ」
「そんなことは……」
「だって君なら彼らが束になってかかってきても楽勝だったろう?」
「……っ!」
「昔から勘はよくてね。なんとなくわかるんだよ」
「では始める。まずはルート・フリッツ」
「はい」
試験官が声を上げ、集団の中から名前を呼ばれた生徒が前に出て行く。やや緊張した面持ちだが体が硬くなっているというほどではなさそうだ。
「対戦相手はフェリクス・グロファイガー」
試験官が声を上げた瞬間、生徒たちが騒めきだす。国の名の通り、この国の王族。生徒たちがその姿を一目見ようと辺りを見回しだす。
「静かにしなさい」
その様子に試験官たちが声を張り上げる。
「まさか、一番最初とはね……」
そんな声がすぐ横から届いた。さっきまで話しかけられていた声音と全く同じ。顔を向けると、彼はいたずらが成功した子供みたいに無邪気な表情を見せた。
「驚いたかい?」
言葉を発せずシオンは首を縦に振るだけ。その様子にフェリクスは満足げな表情を見せた。
「君とは気が合いそうだからこれから仲良くしてくれると助かるよ」
フェリクスが「はい」と試験官に声を上げると、モーゼが海を割ったように生徒たちが一斉に左右にわかれていく。
「じゃあまた」
呆気にとられたシオンをよそにフェリクスは周りからの奇異の目をものともせず、堂々たる歩様でその道を進んでいった。
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