第62話 少年期 試験前の騒動

 最初は武術試験か。シオンは正門で教員から渡されたストラップのついた受験票のカードを首からさげ、案内の紙を確認しながら敷地内を歩いていく。どうやら試験を受ける人によって受ける順番が違う様で、シオンは武術、魔法、昼休憩を挟み学力の順に受けることになっていた。


 定期的に出てくる案内板と案内の紙に記載された地図を頼りにグラウンドに辿り着くと、そこには同じように受験する生徒たちが集まっていた。ここで間違いなさそうだ。試験時間より早くつけたことにほっとしつつ周囲を見回してみる。みんな緊張しているのか、私語は少なく、中には顔がこわばっているような生徒たちも幾人が見られた。それだけこの試験に真剣になっている証拠だろう。


 どんな試験なのかわからないし、とりあえず体を動かしておこう。試験が始まったら準備する時間も与えられない可能性も考えられるし。シオンは集団から少しだけ距離を取ってストレッチを始める。シオンと同じようにやや離れた位置でストレッチをしていた男子生徒と不意に目が合う。会釈されたので返すとその男子生徒がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。


「やぁ」

 彼は右手を上げながら気さくに話しかけてきた。青みがかった黒い髪に人懐っこそうな大きな瞳が印象的だ。

「こんにちは」

「一番最初が武術試験とは君も僕もついてないね」

 彼は大げさにうなだれて見せる。

「そうですか?」

 特に不利になると思っていなかったシオンが聞き返す。


「最初に武術試験の生徒たちはこれが終わったら魔法試験、昼休みを挟んで一番眠くなるタイミングで学力試験なんだから不利だろう」

「確かにそうかもしれないですね」

「だろう、それに僕は武術があまり得意じゃないからね」


 そう言っているがその体はやや細いが引き締まっていて、不得意そうには見えない。シオンの視線に気づいた男子学生は白い歯を見せながら言葉を紡ぐ。

「最低限やらされてきたから多少は動けるさ。君はかなり得意そうだね」

「得意かどうかはわからないけど、体を動かすのは好きだよ」

「それは何より。僕も体を動かすことが好きだったら良かったよ」

 おどけるような仕草に笑みをこぼすと彼も微笑む。


「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったね。僕は……」

「おい、ここは平民がくるところじゃないぞ!」

 会話を遮るように声が届き、シオンを含むその場の生徒たちの視線は声のした方に一斉に集まった。


「おい、聞こえなかったのかよ!」

「……っ!」


 どうやら背の高い男子生徒とその周りにいる数人の取り巻きたちが、男女の生徒2人に向かって声を荒げているようだった。声をぶつけられた女子生徒は恐怖からか体が震えている。


「どうやら受験票代わりのカードを見て彼らが平民だとわかったみたいだね」

 隣にいる男子生徒が首から下げたカードをちらちらと振る。

「どうせ不正でもして入学してきたんだろ。クラス分けの試験なんか受けなくてもどうせお前らは一番下のクラスだろ」


 背の高い男子生徒が偉そうに告げ、周りの取り巻きたちが2人を指さしながら嘲笑する。瞳に涙をためた女子生徒を庇うように男子生徒が前に立ち、そいつらを睨みつける。

「ああ、なんだよその目は。平民の分際でエルベン伯爵家の俺に歯向かうのか?」


「学院内では貴族だろうが平民だろうが対等だとうたっているのだけどね」

 男子生徒は隣のシオンに話しかけるように呟く。

「それでもこうして未だに貴族の方が偉いんだと誤った認識を持った貴族の多いこと多いこと」

「……」


 シオンはぐっと拳を握りしめた。見ている限りあの2人は何も悪いことをしていないのにただ平民だというだけでなじられている。そんなのは間違っている。


「お前、武器を抜いたら分かってるだろうな?」

 取り巻きとエルベン伯爵家の男子生徒がゆっくりと2人に近づいていく。最後まで紡がなくても続きはわかった。要は楯突いたら権力で潰してやる。そう言っているのだ。それが分かっているから男子生徒も腰の模造剣に手をかけているが抜かず睨みつけるだけ。


「周りの子達も誰も助けようとしないね。貴族も平民も大勢いるというのに」

 目の前で起こっていることに気づいているはずなのに、止めに入る者も助けようとする者も一人もいない。誰か教員を呼びに行こうとする者すらいなかった。視線が合いそうになるとすっと外すくせ、顛末が気になるのかしばらくした様子を伺っている。

「やれやれ、仕方ないか……」

 隣の男子生徒がゆっくりと動き出す。

「一発くらっとけや」

 取り巻きの1人が持っていた大型の模造剣を振り上げる。


「……っ!」

 流石にこれ以上は見てられない!

 シオンは剣の柄に手をかけながら走り出す。

「おや……」

 素早い動きで横を通り抜けたシオンを、さっきまで話していた男子生徒が興味深そうに瞳を光らせた。


 間一髪、取り巻きの剣が男子生徒にぶつかる寸前。シオンは一撃を模造剣で容易く受け止めた。

「っ!」

 驚いて固まっている取り巻きをそのまま押し返すと、体勢を崩して思い切り地面にお尻を打つ。

「なんだよ、てめぇ!」


 衆目の前で恥をかかされた取り巻きが鼻息荒く武器を構える。シオンは同年代の中でも特段体格が大きいわけではない。向かい合っている取り巻きの方が体格では上だろう。そんな相手に押し返されたことで余計恥ずかしさを感じているのか、取り巻きは顔を真っ赤にさせている。

「貴族が武器を使うのは何かを守るときだけです。誰かを虐げるために使うものじゃありません」

 まっすぐに彼らを見つめながら声を放つ。


『シオン、貴族が貴族たりえるのは平民たちが慕ってくれるからだ。貴族がいるから平民がいるのではない。平民がいるから貴族がいるのだ。だからこそ貴族は模範的な行動をし、弱い立場の者を守る者でなければならない。そのことを忘れないように』


 昔カールに教わったことがシオンの脳裏によぎる。

「はっ、どこの田舎貴族だか知らねぇが調子に乗ってんなよっ!」

 取り巻きの男が語気を強める。

「待て」

 その動きを止めさせたのは意外にもエルベン伯爵家の男子生徒だった。


 





 

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