第61話 少年期 クラス分け試験 当日
「シオン様、起きていらっしゃいますか?」
控えめなノックと共にフェリがドアからひょっこりと顔を出す。
「フェリおはよう」
シオンも首だけを動かして小声で返す。
「おはようございます、制服はこちらに準備してありますので」
フェリが差したテーブルの上には綺麗に畳まれた制服が置いてある。
「わかった、ありがとう」
「いえ、もう5分ぐらいでしたら遅くなっても問題ないと思います」
フェリの視線はシオンの右側に移る。そこにはすやすやと心地よさそうな寝息をたてたリアがシオンを抱き枕にするように眠っていた。
「最近ずっとシオン様のところにいますが、シオン様は睡眠不足とかになっていませんか?」
「ううん、大丈夫だよ」
シオンは寝ているリアの髪を優しく撫でる。銀亭の1件からリアは夜になるとシオンのベッドに潜り込むようになっていた。本来ならば注意すべきところなのだが、落ち着くまではそのままにしておこうと家族、使用人が大目に見ていたところ、それがいつの間にか当たり前になっていた。
「シオン……」
今度は左側から声が聞こえてくる。その先には銀髪の美少女がむにゃむにゃと言いながらシオンの胸にすりすりと顔を寄せる。
「私も……」
「……」
「……」
シオンとフェリが顔を見合わせる。
「ティアナ姉さん、起きてますよね?」
「……」
ティアナは何も答えないが胸に当てられた顔がフルフルと横に振られる。
「……」
「……」
「そろそろ起きないといけない時間なんです」
シオンがお願いするも、ティアナは一向に動く気配を見せない。
「……」
「……かみ……」
「えっ?」
「撫でてくれなきゃ、おきない……」
いや、会話で来てる時点で起きてるのでは? 心の中でツッコミつつもシオンはティアナの髪を優しく梳くと、寝ているはずの彼女の頬が上がる。
「うん、満足。おはようシオン、フェリ」
ティアナは何事もなかったかのようにするりとベッドから抜けた。
それから5分。寝ぼけまなこのままのリアをフェリが抱きかかえるようにして連れて行き、シオンはその間に制服に着替える。これが学院の制服か。首を回しながら変なところがないか確認する。問題なさそう。全体的にやや大きめだが、これは致し方ない。
「シオン様、着替え終わりましたか?」
ドアの向こうからフェリの声がする。
「大丈夫」
「失礼します」
「どう、かな?」
「……っ! シオン様、良く似合ってます」
努めて平静を装ってフェリが言葉を放つが、その尻尾はリアの寝顔を見ていた時よりも勢いよくぶんぶんと振り回されていた。
「シオン、制服に合ってるね。……でも、やっぱり悪い虫がつく可能性が出てきたわね……」
「シオンお兄さま! かっこいいです!」
食堂に向かうと、既に席についていた2人が褒めてくる。ティアナの方は他にも何かぶつぶつ言っていたみたいだけど何を言っているかまでは聞こえなかった。
「ありがとうございます」
照れくさくなりながらシオンも席に着くと、すぐさま朝食が運ばれてくる。いつもより心なしか量が多い。それは今日がシオンのクラス分け試験日だと知った使用人たちがいつもより気合を入れて作ったからだ。表立ってしないのはそうすると逆にシオンのプレッシャーになるかもしれないと心をくばった結果。
「シオン体調はどう?」
ティアナが声をかける。
「問題ありません、あっ、このスープおいしい」
「そっか、良かった」
ティアナの視線はシオンよりも僅かにその後ろに控えるフェリの方を向いていたがシオンは気づいていない。
「フェリ、顔が赤いけど大丈夫? 無理してない?」
「い、いえ、大丈夫です」
「ほら、シオン、フェリは大丈夫だから準備しなさい」
「わかりました」
ティアナに急かされるようにシオンは食堂を出る。
「フェリ、良かったね」
「……っ!」
去り際、ティアナに耳打ちされ、フェリの頬は暫く赤いままだった。
「シオンお兄さま! 頑張ってください!」
「ありがとう、頑張ってくるね!」
胸の前でぎゅっと拳を握るリアに笑いかけ、見送りにきてくれた使用人たち一人一人に少しずつながら感謝を込めて視線を合わしていく。
「シオン、行くよー」
「はい」
案内として先に馬車に乗っていたティアナが声を上げる。
「シオン様、頑張ってください」
「うん、ありがとう」
フェリが持ってきてくれた鞄と模造剣を受け取り、馬車に乗り込む。
「じゃあ行ってきます」
「「「行ってらっしゃいませ、シオン様」」」
綺麗に一礼する使用人たち。その真ん中で手を振ってくるリアに手を振り返しながらシオンは別邸を後にした。
「大きいんですね……」
レンガ調の塀に囲われた正門前で降りたシオンが校舎を見上げながら声を上げた。
「王国1番の学院だからね。本当は中の試験会場までついて行きたいんだけど」
ティアナが残念そうに呟く。
試験日当日学院内に入ることができるのはクラス分け試験を受ける新入生と、試験官の教職員のみで、保護者はもちろん、在校生も入れない。唯一試験の警備を行う風紀委員会のメンバーだけは例外的に入ることができるが、それも事前に決められた持ち場と正門までの移動しか許されていない。それだけ試験で不正が行われないように徹底されているのだ。
「中に案内板があると思うからそれに沿って動けば問題ないはず。わからなかったら多分道案内の為の人員もいるから聞くように」
「わかりました」
「シオン、いってらっしゃい。試験が終わるころに迎えにくるから」
「はい」
くるりと振り返る。よしっ。心の中で気合を入れ、シオンは学院内へ踏み出した。
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