第109話 少年期 暗闇の中
「お姉ちゃん!!!」
「ルル、大声出して、どうしたの?」
レアーネは息を切らして家に帰ってきたルルに声をかけた。
「お姉ちゃん、これ飲んで!」
彼女の問いかけに答えることなく、ルルはダッシュで枕もとまでやってくる。
「これ、は?」
毒がかなり回ってきているせいか目もあまり見えなくなっていた。
ポーション? 背中に手を回してもらいながら上体を起こす。ルルの手にあるのは緑色した液体だった。
「お姉ちゃんを治すための薬」
ルルはキャップを開けて小さなガラス瓶に入ったそれを彼女の口元に持っていく。
「ルル、これを買うためのお金はどうしたの?」
レアーネはルルの目を見て尋ねる。頬はこけ、体はやせ細っても、瞳の鋭さだけはまだ僅かに残っていた。
「そんなことよりお姉ちゃん早く飲んで」
うちに薬を買うだけのお金が残っていないことは誰よりもレアーネがわかっていた。なら、これをどうやって……。
「……っ! ルル、まさか、あのアイテムで買ったの!?」
真実に気づいたレアーネが声を荒げた。
ルルの肩に手をかけ正面から見つめる。
「答えなさいっ!!」
痩せこけた細腕のどこにそんな力が残っていたのかと思わせるぐらい、彼女はルルの肩を強く握る。
なんて馬鹿なことをっ! あれはルルがこれから生きていくためのお金だったのに。
「お姉ちゃん、痛い、痛いよっ」
「……っ」
目元に涙をためるルルを見て、冷静さを取り戻したレアーネが手を離す。ルルは肩を撫でながらも手に持っていた薬だけはしっかりと握っていた。
「ゴホッ、ゴホッ! ゴホッ、カハッ!」
急に体を動かした反動がレアーネを襲う。
「お姉ちゃん!?」
ルルが急いで背中をさする。口元を抑えた手のひらには赤い血がこびりついていた。内臓まで回ってるのか。
「ルル、大事なことだからお願い、答えて」
レアーネが再びルルに目を向ける。
「この薬はアイテムを売って買ったの?」
「……」
「ルル?」
「……そうだよ」
俯き、耳や尻尾をぺたんとさせながらルルが口を開いた。
「どうして……」
「お姉ちゃんに生きて欲しいからだよ……」
「……っ!」
ルルの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
「1人きりなんて嫌だよ……。ずっと一緒にいたいよぉ」
「……ルル」
「お姉ちゃぁん……」
ルルががばっとレアーネに抱き着き、嗚咽を漏らす。
無理やりに力を込めてルルの背中に手を回す。まだ小さくて甘えん坊な可愛い可愛い妹。そんな子を1人残さなきゃいけないと思うだけで胸が張り裂けそうになる。レアーネはルルが落ち着くまでそっと背中を撫で続けた。
泣きつかれて眠ってしまったルルをレアーネはそっと布団に寝かせた。優しく髪を撫でると汚れで髪が指に絡まる。おしゃれをしたい盛りなのに我慢をさせてごめんね。
「……」
レアーネは体に鞭を打ちながら立ち上がる。今の状態で戦いに挑みに行ってもきっと負けるだろう。そう思いながらも、レアーネは冒険者時代に使っていた武器や防具を身に着けていく。
泣きつかれて眠る前、落ち着いたルルから薬の入手先の話をレアーネは聞き出していたのだ。そいつらだけは絶対に許すわけにはいかない。
部屋を出る間際、レアーネは最後に一度振り返り妹の顔を見た。
「……ルル、不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね」
最後の別れになるかも知れない。目に焼き付けるようにその光景を眺めた後、レアーネはよろよろと部屋を出ていった。
「これで今できることは全て終わったね」
「はい」
学院の正門。シオンはセシリーの横でしっかりと頷く。
やれるだけのことはやった。後は……。ぐっと拳に力が入る。
「あんまり気負い過ぎないように、交渉の時は私もいるからさ」
肩に力が入っているシオンを見かねてセシリーが声をかける。
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、私はまだ少しだけやることがあるから。シオン君は気を付けて帰ってね」
「あの、セシリー先輩」
「ん?」
校内に戻ろうとするセシリーを呼び止める。
「その、どうしてここまで助けてくれるんですか?」
「いやいや、これはあくまでも貸だから」
確かに調査については貸1つということで手を打って貰った。けど今もこうして手伝ってくれていることを考えると、それだけじゃわりに合わない。
「……」
「……」
「……」
「……別に」
真剣なまなざしを受け、根負けしたセシリーが語りだす。
「そんな大した話じゃないよ」と恥ずかしそうに前置きしながら。
「うちの商会って今でこそそれなりの規模で王都にもお店を出せているだけど。私が小さい頃は凄い小さな零細商会だったんだよ」
昔のことを思いだすかのように彼女が目を細める。
「貧乏で、食べるものもないみたいな時もあって。街の外で果物とかキノコとか取って食べてたんだよね。で、いつものように木になった果物を取ってた時に魔物に遭遇したんだ。子供ながらに『ああ、私はここで死ぬんだ』って思ったよ」
「その時にね、たまたま近くにいた獣人族の冒険者に助けて貰ったんだよ。依頼中のはずなのに、『私1人を放っておけない』って家まで送ってくれて、『少しだけどって』お金まで持たせてくれて。その時は今よりも獣人族に対しての差別があって自分たちも大変だったはずなのにね」
そこまで話して彼女はシオンに視線を向けた。
「その時の冒険者がさ猫族の夫婦だったの。シオン君が助けようとしている子たちと同じ種族。だから手伝おうって」
「そうだったんですね……」
「あー、まー、そゆことだから、ほらシオン君今日は早く帰ってゆっくり休みなよ」
恥ずかしくなったのか、セシリーは早口でそう言うと、さっと校内に消えていった。
上手くいくだろうか。いや、絶対に上手くいかせてやる。
「あの猫族の女あんな状態で襲っていくるとか馬鹿だろ」
「ほんとっすね」
「今頃、通りで野たれ死んでるかもっすね」
通りを歩いているシオンの耳に下品な笑い声と共にそんな言葉が届いた。
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