第108話 少年期 毒牙

「おい」

「……っ」

 シオンとフェリがセシリーの話を聞いていた同時刻、大通りで花を売っていたルルのところに、前に絡んできた冒険者たちが再び現れていた。


「待ってくれ」

 すぐに逃げようとするルルの後ろから声が届く。恐る恐る後ろを振り返ると、信じられないことに冒険者たちが頭を下げていた。

「この前はすまなかった」

「……」

 男たちは周りから注目されているのにも関わらず、頭を下げ続ける。その姿に僅かにルルの警戒心が薄まる。


「それにお前、レアーネの妹だったんだな」

「……っ! お姉ちゃんを知ってるんですか」

「昔、依頼中に命を助けて貰ったことがあったんだ」

「そうだったんですね……」

「ああ、そんな相手の妹だと知らず本当に申し訳なかった。それで、レアーネが寝たきりになってるって聞いて、もしかして闇ギルドで出回ってる毒を盛られたんじゃないかと思ってな」

「そんなっ!?」

 毒。その言葉にルルの顔が青くなっていく。


「落ち着いてくれ。確かにその毒はかなり強いらしいんだがな……」

 リーダーの男はそう言うと、力なく地面にへたり込んでしまったルルの耳元で囁く。

「実はほんの少数らしいが最近その毒の解毒薬が出回ってるらしいんだ」

「ほんとですかっ!?」

 ルルはリーダーの服を掴みながら声をあげる。

「ああ、間違いない。俺もこの目で現物を見たことがある」


 お姉ちゃんを助ける方法があるかも知れない! ルルの胸がどくんと脈を打つ。

「ありがとうございます。行ってみます!」

「待ってくれ、話はまだ終わりじゃない」

 駆け出そうとするルルを男が押しとどめる。


「闇ギルドはお前みたいな獣人の少女相手じゃ売ってくれないだろう。それに解毒薬を手に入れるにはかなりの大金が必要なんだ」

「そんなっ……」

 俯いてしまっていたルルはこの時気づいてなかった。話しかけてきていた男の口元が歪な三日月を作っていたことに……。

「それでだな……」



「これが、そのレアアイテムか」

 ダミアンは従者から渡されたアイテムを手に取ると、にやにやと笑みを浮かべた。

「はい、大金貨50枚ぐらいの価値はあるとのことです」

「へぇ、やっぱりBクラスの冒険者にもなればそういったアイテムを持ってるもんなんだな」


 ダミアンは手に持ったアイテムを様々な角度から眺める。

「……その、ダミアン様」

 従者が恐る恐る声をかける。

「ああ、お前まだいたのかよ。とっとと失せろ」

 まるで野良犬相手のように視線を向けることなくしっしと手を振る。 


 従者は怒りをぐっと堪える。

「……申し訳ございません。ですが、1つご確認させていただきたいことが……」

「……」

「……」

「……ちっ、なんだよ」

 ダミアンはその場から動く様子のない従者を一瞥するとこれ見よがしに舌打ちした。


「ありがとうございます。あの冒険者たちに払うお金についてですが……」

 このアイテムをルルから騙して手に入れるため、冒険者たちの借金をチャラにするという契約をしていたのだ。

「ああ、そう言えばそうだったな」

 ダミアンはすっかり忘れていたように声を上げる。


「あいつらの借金っていくらだ?」

「合計で大金貨70枚になります」

「……ふーん」

「……」

「……」

「……ダミアン様?」


 ダミアンはアイテムをテーブルに置いておもむろに従者の前に立つと思い切り右足を蹴り上げる。

「かはっ……!」

 がら空きのみぞおちに当たり、従者がえずく。ダミアンはその様子に冷たい視線を向ける。


「なんでアイテムよりあいつらの借金の方が上なんだよ」

 どんなアイテムを隠しているかなんて調べようもない。そもそも冒険者たちの借金についても事前にダミアンには伝えていた。だが、そんなことを言おうものなら今以上の暴力が飛んでくるのがわかりきっている。


「……申し訳、ございません」

 従者は掠れる声で言葉を紡ぐ。

「お前使えないよな」

「……申し訳ございません」

「それしか言えないのかよっ」

 従者は拳を握りしめながらじっと耐える。


「まあいい、あんな奴らいなくなっても誰も困らないだろ」

 従者の頭の上からそんな声が聞こえてくる。

「お前、お父様の指示で闇ギルドから毒を買いに行ってるんだろ?」

「……はい」

「だったら、そいつらに金を渡すふりして飲ませてこい」

「それはっ!?」

「おい、誰が顔を上げていいって言った?」

「ぐっ、……申し訳、ございません」

 ダミアンの足が従者の頭をぐりぐりと踏みつける。

 

「低ランクの冒険者が飲んだらどうなるかいい実験になるな」

 醜悪な笑みを浮かべながらダミアンが続ける。

「わかったらとっととやってこい」

「ですが、彼らがなくなる前にこのことを公にされたら……」 

 伯爵家とは言えただでは済まない。どれだけひどい目に合っていても、男は伯爵家従者として声を上げたのだ。


 そんな彼を見てダミアンは薄ら笑う。

「はっ、何を言ってる? そうなったらお前が首を切られて終わりに決まってるじゃないか」

「えっ?」

「冒険者に会ってるのはお前だけ、お前がエルベン伯爵家の名前を勝手に騙って悪事を働いたそれだけの話だろ」

「そんなっ!?」

 従者の顔はみるみるうちに青白く染まっていく。


「ああ、逃げようなんて思うなよ。お前が闇ギルドで毒を買っているのは紛れもない事実だからな。逃げた瞬間、一瞬でお尋ね者になるだろうな」

 げらげらと下品な笑い声が部屋中に響いていく。

「お前は一生ここで奴隷のようにこき使われるんだよ」


 

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