第75話 少年期 美化委員会の手伝い

「今日はこれで終わりになります。明日からは授業が始まりますので忘れないように」

 ライナーがそう告げて教室を出るとクラス内は一気に騒がしくなった。


『なぁ、折角だし学院内見て回らないか?』

『いいぜ』

『入学式の生徒会長カッコ良くなかった?』

『わかる! フェリクス君とは違うタイプだよね!』


 確か庭園で集合って言ってたよな。頭の中で場所を考えながらシオンは素早く荷物をまとめていく。

「何か用事があるのかい?」

「この後美化委員会の手伝いをすることになってて……」

「人気者は大変だね」

 フェリクスは他人事のように言ってのける。

「アカネさんとアヤメさんは?」

「私たちも今日は用事があるのですぐに帰らないといけないんです」

「アヤメ、おいてくわよ!」

「お嬢様、待ってください! それでは、また明日」

 教室を出て行くアカネをアヤメが慌てて追いかけていく。

「なかなか大変そうだね……」

「みたいですね……」


「あの、シオン君、フェリクス君ちょっといいかな?」

「はい?」

 緊張気味に声をかけてきたのはクラスメイトの女子生徒だった。その後ろには数人の生徒たちがこちらを伺っている。

「構わないよ、確かサテナさんだったっけ?」

「覚えてくれたんですか!?」

 フェリクスの返事にサテナは感激したように声を弾ませた。


「そりゃ、クラスメイトだからね。それで僕たちに何か用?」

「その、これからクラスで親睦会を開こうと思ってて良かったら2人もどうかなって」

「そうなんだ」

 僅かにフェリクスの声音が上がる。興味があるようだ。

「うん、と言っても女子6人しか集まってないけど……」

 サテナが振り返った先には先ほどからこちらを伺っていた生徒たち。どうやら彼女が代表して聞きに来ていたようだった。


「すみません、僕はこれから用事があって……」

 申し訳なさそうにシオンが告げる。

「あっ、全然気にしないで! 急に聞いてきたこっちが悪いから!」

 サテナは胸の前でぶんぶんと手を振る。

「美化委員会の手伝いがあるんだよね?」

「シオン君美化委員会に入るの!?」

 大きい声を出すものだから教室に残っていた生徒たちの視線が一気に集まる。

「あっ、ごめんなさい」

「大丈夫です。それに手伝いに行くだけなのでまだ入ると決まったわけじゃ……」

「でも、その感じだともしかしてスカウトされているんですか?」

 興味ありげにサテナが目を輝かせる。


「その、一応……」

「……すごい」

「たまたま委員会の人と知り合ってただけで凄いわけじゃ……」

「そんなことないですよ!」

 サテナが首を振る。

「やっぱり実力がある人はスカウトされるんですねー」

 感心されどこか気恥ずかしい。

「そんなことよりシオン、早く行かなくていいの?」

「えっ、あっ!?」

 時計を見れば思いのほか時間が過ぎていてシオンは急いで荷物をまとめる。


「すみません。そういうことなので」

「ううん、気にしないで。明日からクラスメイトとしてよろしくね」

「こちらこそ、じゃあフェリクスも」

「ああ」

 シオンは返事を待たず教室を飛び出していく。


「じゃあ……」

「折角だし、参加させてもらっても構わないかな?」

 サテナが聞くよりも早くフェリクスが答える。

「いいんですか!?」

 仲が良さそうに見えるシオンが来ない以上、来てくれないと思っていたサテナはまたしても大声を上げ慌てて両手で口を抑えた。

「むしろ女子会に僕がお邪魔して迷惑じゃないならね」

 様子を伺っていた生徒たちからも嬉しそうな声を上げる。

「全然、大歓迎です!」

 喜んでくれている様子にフェリクスは思わず微笑み、それを見た女子生徒たちは完璧にハートを打ち抜かれていた。


 ここだよね。

 校舎を出て記憶を頼りに学院内を走っていき、シオンは庭園の前までやってきていた。息を整えながらアーチ状の植物の下を潜り抜けると色とりどりの花々が出迎えてきた。

「すごい……」


 ただ花が咲いているだけでなく手入れも行き届いており雑草などは一つもない。庭園を囲っている背の低い木々も剪定されているし、花も通り道側に正面が向くようになっている。貴族の屋敷でもこれだけ立派な庭園はそうそうないだろう。


「……みなさん、揃っていますか?」

「「「はい」」」

 やばいっ! 

 思わず見とれていたシオンは声のした方に向かって走り出した。


「すいません、遅くなりました」

 開口一番、シオンは謝って頭を下げた。

「……あら」

 近くにいた先輩と思われる女子生徒が声を漏らす。

「気にしなくていいのよ」

「でも男の子なんて委員会にいましたっけ?」

「シオンくーん、待ってたよー」

 聞きなじみのある声に顔を上げた瞬間、むぎゅりと顔を抱きすくめられた。


「ローザ先輩」

「走ってきたの? 汗がすごいー」

 笑いかけながらローザはハンカチでシオンの顔を優しく拭っていく。

「えっ、その」

「もうちょっとだけじっとしててねー」

「……はい」

 衆人環視の中顔の汗を拭かれて恥ずかしさが込み上げてくる。

「ローザさんのお知り合いですか?」

 近くにいた女子生徒が尋ねる。

「そうだよー。シオン君。ティアナの弟で今日は手伝いに来て貰ったのー。可愛いでしょー」


「そうだったんですね」

「この子が噂のティアナ先輩の弟君ですか」

「確かに可愛らしいですね」


 わらわらと女子生徒たちがシオンを取り囲んでいく。そんな中、ぱんぱんと奥の方から手を叩く音が聞こえてきた。

「皆さん、それじゃシオン君が驚いてしまいますよ」

 生徒たちの間からナタリーがやってくる。

「ナタリー先輩、遅くなってすいませんでした」

「いえ、気にしないでください。それより走ってきてくれたみたいですし少し休んでから始めましょうか?」

 シオンは首を横に振る。

「大丈夫です、手伝えます!」


 ナタリーは顔を見てシオンが無理を言っていないことを確認すると小さく頷いた。

「わかりました、それじゃあ今日はよろしくお願いしますね」

「はい!」

「皆さん、今日手伝ってくれるシオン君です」

「シオン・ローゼンベルクです。先輩方、宜しくお願いします!」


 挨拶は笑顔で。

『シオンは可愛いから、そうすればみんな良くしてくれるわ』

 アデリナに教えられたことを思い出しながらシオンは笑顔を見せる。


『『『かわいい……』』』


 そんな心の声がそこかしこから聞こえていた。

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