第74話 少年期 担任と入学式
「無事Sクラスで良かったよ」
「全然緊張しているように見えないけど?」
フェリクスが大げさに胸を撫で下ろす仕草をしてアカネがぼそっと呟く。シオンも心の中で同意する。武術も魔法の試験の時も全力じゃなかった気がする。
「これでも十分緊張しているんだけどね」
当の本人はそう言って肩をすくめた。
Sクラスの教室には既に数名の生徒たちがおり、幾つかのグループが出来上がっていた。黒板にある張り紙によれば席は自由で良いとのことが記されていたので、4人は空いている窓側の席に固まって座る。
『ねぇ、あれってフェリクス様だよね』
『その後ろが東方からの留学生』
『あいつがダミアンを一瞬で倒した奴だよな』
「私たち注目されていますね」
アヤメが苦笑しながら話し出す。
「王子様に綺麗な留学生が2人ですからしょうがないと思いますよ」
僕もこの立場じゃなかったら見ていただろうし。
「なっ!」
「相変わらずだね」
「何がですか?」
「いや」
フェリクスは面白そうに口元を三日月にしながら微笑むだけだ。
「良かったですねお嬢様、私たち綺麗らしいです」
「とっ、当然よ!」
「アカネさん顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫よっ!!」
「ダメだ……」
フェリクスが声を上げて笑い出す。予想外の光景にシオンたちも、クラスにいた生徒たちも呆気に取られてしまう。
「シオン、やっぱり君は見ていて飽きないね」
フェリクスは指で目元の涙を拭う。その光景に一部の女子生徒の顔がぽっと赤くなる。
「そうですか?」
「ああ、これからより楽しみになったよ」
どう返していいかわからず、シオンは曖昧な笑みを浮かべた。
「全員揃っていますか?」
気の抜けたような声と共に一人の男性が教卓の前にやってくる。ぼさぼさの髪に無精ひげ。見た目だけで言えばとても教師のようには見えない。
「どこでもいいので席についてください」
あの人っ!
「武術試験の時にいた人だね」
「はい」
フェリクスの耳打ちに頷く。イカサマ疑惑を払しょくしてくれた人に違いない。確かライナー先生って呼ばれていたはず。
その瞬間、男性の視線がシオンに向いた。シオンが頭を下げるとライナーは軽く手を上げた。
「ほぼ全員揃っているようですね。今日から1年間お前たちを受け持つことになったライナーです。受け持つと言っても教えるのは剣術の授業を選んだ人と、朝礼、夕礼の時だけですが」
ライナーは生徒たちをぐるりと見回す。
「これからの学院生活で君たちが成長していってくれることを期待しています」
「入学式までまだ時間がありますので各自、自己紹介をして貰いましょうか。では端から順に」
ライナーが窓際の最前列を指さして自己紹介が始まる。
「君は魔法が風魔法が得意みたいですね」
「はいっ!」
「学院にはそれぞれの属性に特化した魔法の教員もいるので、わからないことは自分から聞きに行くことをお勧めします」
「わかりました」
「はい、ありがとうございました。では次の方お願いします」
ライナーは自己紹介後に彼らに合わせて一言、二言、必ず言葉を返していく。
自己紹介はつつがなく進んでいく。
「では次」
「はい」
フェリクスが立ち上がると、生徒たちから声が上がる。
「フェリクス・グロファイガーです。お察しの通り、グロファイガー家の3男ですが王族だからと気にせずに話しかけて貰えるとありがたいです。宜しくお願いします」
最後に女子生徒たちにウインクを決めると黄色い声が漏れる。そのまま騒ぎ出しそうなところをライナーが咳ばらいをして止める。
「フェリクス君は武術、魔法、学力いずれもかなり上位みたいですが、伸ばしたい分野はありますか?」
「特に決まっていないのでこれから考えていこうと思います」
「そうですか、それもいいでしょう。様々な分野を学ぶことで初めて得られることもありますので。ありがとうございました。次」
ライナーの瞳がシオンを捉えた。
「なかなかいい自己紹介だったよ」
「普通だったと思いますけど」
自己紹介が終わり、講堂に移動したシオンはフェリクスと並んで席に座っていた。シオンの自己紹介はありきたりなものだったが、試験の一件が先行して知られていた分、強いのに横柄な態度が一切ないとクラスメイトたちから好意的に取られていた。
「それより、あれは君のお姉さんかい?」
「えっ?」
フェリクスが指さす先、壇上近く司会を務める位置からティアナがじっとこちらを見てきていた。
『あの司会の先輩可愛くない?』
『凄い綺麗だよね』
そんな周りの声が聞こえる中、シオンが顔を向けるとティアナは笑顔を見せながら手を振ってきた。周りの人たちは不思議そうな顔をしているがそんなことはお構いなし。
「手を振り返してあげてはいかがですか?」
フェリクスと反対側、アカネを挟んだ隣にいたアヤメが微笑ましそうな表情をしながら勧めてくる。
「早く振り返してあげなさいよ。お姉さんなんでしょ」
アカネも追従する。
「……そうですね」
シオンは小さく手を振り返す。それを見てティアナはより表情を綻ばせる。
「愛されているね」
フェリクスが何処か羨ましそうな声音で呟いた。
「では、これよりハンベルク王立学院入学式を始めさせていただきます」
程なくしてティアナの司会で入学式が開始された。
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