第76話 少年期 手伝いとお茶会
「シオン君このプランターを庭園の方に持って行ってもらえる?」
「わかりました」
「シオン君、この土を運びたいんだけど……」
「はいっ、すぐ行きます!」
美化委員会の手伝いは想像以上にハードだった。
毎日こんな大変なことをやってくれているお陰で綺麗な花々を学院内で見れているのかと思うと頭が下がる。
「ナタリー先輩、土運び終わりました。次は何をすればいいですか?」
「もう終わったんですか?」
庭園で委員会メンバーたちに指示を出していたナタリーが驚きの声を上げる。
「はい、教えて貰った通りのところにまとめてあります」
「あの土、全部で10キロ近くあったんですけど……」
「ちゃんと男の子なんですねー」
ナタリーと話していた委員会メンバーたちも驚きの声を上げている。
「無理は、してなさそうですね」
「はい、これぐらいならまだ大丈夫です」
「すいません、先輩方、植え替え終わった花たちに肥料を上げてもいいですか?」
やってきた女子生徒がナタリーに声をかける。
「お願いします、あまりあげすぎないようにしてくださいね」
「わかりました」
「先輩、肥料の袋重いと思うので持っていくの手伝います」
「いいの? ありがとう!」
ナタリーに向き直ると彼女は了承するように首を縦に振った。
「ナタリー先輩、今日だけじゃなくてシオン君美化委員会にいれましょうよ」
「男手があると助かりますし私も賛成です」
「ナタリー先輩、シオン君って美化委員会に入らないんですか?」
進捗を報告しにナタリーの元に戻ってきたメンバーは報告と一緒になって必ずそのことを尋ねてきた。
またですね……無理もないですけど。
「私としても入ってくれると嬉しいですけど、本人の都合もありますから。皆さんも勧めるのはいいですが無理強いはしないように」
ナタリーは今日何度目かのセリフを口にする。
「わかりました」
少し残念そうにしつつもちゃんと引き下がってくれるあたり、きちんと分別のある子達で良かったと心底思う。
「シオン君、大人気だねー」
いつの間にか戻ってきていたローザがさっきの話を耳にしていたのか、まるで自分のことのように嬉しそうに頬を緩めている。
「ローザ、仕事は?」
「しっかり終わらせてきましたー」
「そうですか、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「もうそろそろ全体の作業も終わりそうですね」
事前に作っていた工程表に完了した作業部分にチェックを入れつつ確認する。
「予定より2時間ぐらい早そうですねー」
ローザは横からナタリーの手元にある工程表を覗き込みながら答える。
「元々重いものの運搬に一番時間がかかっていましたから」
「シオン君のおかげですね」
「ええ」
「他の子達も重いプランターを持ち上げようとしてたら、「手伝わせてください」って助けてくれたって喜んでました」
「なんだかローザ嬉しそうね」
「そうですかー? そうかもしれません。ナタリー先輩、そろそろ皆さん戻ってくると思うのでお茶の準備始めてもいいですか?」
「そうですね、先に戻ってきた人たちで進めましょうか」
「わかりましたー」
ローザは戻ってきていた委員会メンバーに声をかけて軽い足取りで準備のため委員会室に向かっていった。
「ナタリー先輩、戻りました」
学院内を走り回りながら肥料や土の運搬を終えて庭園に戻ってくると、庭園内の芝生が生い茂っている箇所に白いテーブルが幾つか置かれていた。
「シオン君、お疲れ様でした。おかげで予定よりも早く作業を終わらせられました。ありがとうございます」
「そんな、力になれたなら良かったです。一緒に作業した先輩たちにも良くしてもらいましたし、こちらこそありがとうございました」
「シオン君、お疲れ様ー。今日は本当にありがとうー。一緒にお茶会しよー」
シオンの姿を見つけたローザがこっちこっちと手をこまねく。ただ手伝いにきただけなのに混じっていいのだろうか?
「シオン君さえ良かったら一緒にお花を見ながらお茶しませんか?」
シオンの様子から察したナタリーがそう促してくる。
「いいんですか?」
「もちろん、今日の作業がこれだけ早く終わったのはシオン君のおかげですから」
「ありがとうございます!」
「こっちこっちー」
シオンは顔を綻ばせながら尚も手招きしてくるローザの元に小走りで向かった。
「凄いですね……」
テーブルにはクッキーやマドレーヌ、マカロンなどが一杯に置かれていて、庭園に負けないぐらいの華やかさがあった。
「そうでしょー、実はこれ私たちが作ったんだよー」
「そうなんですか!?」
買ってきたものだと思ってた。
驚くシオンを見てローザは自慢げに胸を張る。
「どれ食べたい? おすすめはクッキーだよー」
「じゃあ、クッキーいただいてもいいですか?」
「もちろん」
ローザはクッキーの載った皿を近くに持ってきて1枚摘まむ。
「ありがとうございます」
シオンが皿から取ろうとするとひょいと皿を上に持ち上げられる。
「はい、シオン君、あーん」
ローザは摘まんでいたクッキーをシオンの口元に寄せる。
「えっ?」
「ローザさんずるいですわ」
「次は私ね!」
周りの女子生徒たちがにわかに騒ぎ出す。
「ちょっと、シオン君が困ってしまうからやめ……」
「ナタリー先輩もやりましょうよ?」
やめさせようとしていたナタリーの動きが止まる。その隙に女子生徒の1人がナタリーに耳打ちする。
「ほらシオン君、あーん」
「えっ? えっ?」
救いを求めるようにナタリー先輩に視線を向けるも彼女は少しだけ頬を赤らめてから、申し訳なさそうに視線を外された。そんな……。
「ふー」
「……っ!?」
耳を抑えながら振り向くとローザ先輩が満面の笑みを浮かべていた。
「ほら早く、ねっ? あーん」
全く引いてくれる様子がない。
「……あ、あーん」
意を決して差し出されたクッキーを口にする。美味しいのだろうが、味が全くわからない。
「見つけたっ!」
そんな声が庭園内に響いた。
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