第58話 少年期 ラウラと模擬試合①

「ティアナ姉さん」

「なに? シオン」

「その、僕、模擬試合受けるなんて言っ……」

「ん?」

 ティアナが小首を傾げると銀色の髪がさらさらと揺れる。一見するとただの可愛らしい仕草なのだが、有無を言わせない圧を感じてシオンは言葉を続けられない。

「そうそうシオン、これはミヒャエル兄さんから貰った手紙に書いてあったんだけど、リアと婚約したってホントなの?」

「えっ⁉」

 思わず声が漏れ、少し離れたところでウォーミングアップしていたラウラとその手伝いをしていたローザも何事かと視線を飛ばしてきた。


「ごめん、何でもないから気にしないでー」

 ティアナは二人に笑いかけると、そのままシオンに向き直る。

「で、シオン、本当なのかな?」

 明らかに目が笑っていない。

「えっ、いや、その……」

「はい、リアはシオンお兄さまと婚約しました」

 しどろもどろになっているシオンの横でリアがえっへんと胸を張りながら答えた。

「ふーん、婚約したんだ」

 ティアナの瞳が鋭くなる。

「……リアが大きくなって気持ちが変わらなかったら……って答えました」

 尻すぼみになりながらシオンが答える。

「お姉ちゃん前に恋愛は早いって言ったのに……」

「……」

「シオンはお姉ちゃんとの約束を無視するんだ」

 顔がどんどん険しくなる。なんとかしないと。

「あの状況じゃそう言うしかなくて……」

「えっ、シオンお兄さま。あの時の言葉、嘘なんですか……?」

 リアが袖をくいくいと引っ張りながら見つめてくる。上目遣いの瞳はうるうるしていた。

「いや、そんなことは……」

 四面楚歌状態で視線をうろうろと彷徨わせていると、二人は肩を揺らしだした。

「ふふっ、ごめんね、ちょっと意地悪したくなっちゃって」

 ティアナは優しくシオンの頭を撫でる。

「シオンお兄さま、ごめんなさい」

 リアもシオン手を両手で握った。

「脅かさないでください」

 シオンはほっと胸を撫で下ろした。


「リア、上手くいったわね」

「はい、ティアナお姉さま!」

 2人は目を合わせながら笑い合い、ぱちんとハイタッチを交わす。

「これからは2人でシオンの事支えて行かないとね」

「えっ?」

 意味ありげな発言にシオンがまたしても声を漏らす。

「はい、でもフェリもいるので3人でですよ、ティアナお姉さま」

「えっ?」

 3人? どういうこと?

「そうだったね。フェリもこれからよろしくね」


 ティアナの視線の先には模造剣を渡すために近づいてきていたフェリが立っていた。微かにその首が縦にこくんと動いていたように見える。シオンと目が合うと、フェリは顔を伏せながらさっと模造剣をシオンに差し出した。

「……シ、シオン様、模造剣になります」

「ありがとう、フェリ」

「いえ、……頑張ってください。……ティアナ様たちの観戦用のお席を用意してきます!」

 雰囲気に耐えかねたのかフェリは凄い勢いで別邸の中に消えていく。別邸にきたの初めてのはずだからどこに何があるか知らないんじゃ……

「耐性がないみたいね……」

「そこが可愛らしくないですか?」

「確かにね」


 2人は会話を続けていたが、シオンはそれよりもさっきの言葉がぐるぐると頭を回っていて耳に入ってこない。

「ティアナ、こちらは準備できたぞ」

 ウォームアップを終えたラウラが声をかけてくる。

「ごめん、少しだけ待って。ほら、シオン準備」

「は、はい」

 シオンは慌てて模擬試合の為の準備を進める。


「シオン、ラウラは学院でもトップクラスの実力者だから」

 柔軟のためティアナがシオンの背中をぐっと押す。

「そうなんですか」

 シオンは首を動かしラウラの様子を確認する。彼女は武器を片手に目を瞑っていた。

「あの武器は薙刀って言って東方の方でよく使われているものらしいわ」

「槍と同じようなものなんですか?」

 長さは槍と変わりなさそうで、先端の形状だけ違うように思える。槍が両刃の短剣がついているようなものであるのに対し、薙刀は片方だけに刃がつき少し反っているように見える。

「リーチはね、でも槍は突きが主な攻撃方法だけど薙刀は先端の刃で切るようなスタイルだから」

「わかりました」

 距離を取った剣術のような動きだろうか。だとすると武器のリーチから距離を詰めた戦いにしないと。


 順調にウォーミングアップを終えてシオンはラウラと対峙した。相対してみると彼女はシオンよりも10センチは背が高い。武器である薙刀は彼女の背よりもさらに長い。やはり距離と取られてしまうと戦いづらくなるだろう。

「女だからといって遠慮する必要はない。思い切りかかってくるといい」

「はい、宜しくお願いします」


「シオンお兄さま、頑張ってくださいー」

「ラウラー、頑張ってー」

 2人の対決を少し離れたところにフェリが用意した椅子に腰かけながらリア、ローザ、ティアナ、ニーナが観戦する。

「ティナアはどっちが勝つと思ってるのー?」

 騒ぎを聞きつけた別邸の使用人が用意してくれた紅茶を楽しみながらローザが尋ねる。

「リアはシオンお兄さまが勝つと思います」

「そっかー、リアちゃんはシオン君が大好きなんだねー」

「はい!」

 ローザは微笑むとティナアに顔を向ける。

「そうね、上手く距離を詰めることができるならシオンが勝つと思うけど、薙刀を使う相手とは初めて戦うからそこがポイントになると思う。ラウラもそう簡単に距離は詰めさせないだろうし。距離を詰められなかったらラウラが勝つと思うな。ニーナさんはどう思います?」

「私ですか?」

「はい、冒険者ギルドの受付としてこれまでたくさんの冒険者を見てきたニーナさんの意見を聞かせて貰えたら」

「そうですね……」

 3人の視線が集中しているのに気づきつつ、ニーナは頭を回転させて口を開いた。


「シオン君の実力はDランクの冒険者の中でも既に上位に入っていると思います。ですが、それは魔法も使えることを前提としている場合で、今回のような純粋な武術の勝負になったらそれよりは落ちると思います。体格も成長途中ですし、ティナア様が仰った通り武器のリーチの差も大きく関係してくるので」

「ティアナでいいですよ。じゃあニーナさんはラウラが勝つと?」

 ティアナの言葉にニーナは少し迷った後、「いえ」と首を横に振る。

「シオン君が勝つと思います」

 ニーナははっきりとそう言い放った。



 

 

 

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