第59話 少年期 ラウラと模擬試合②

「お2人とも準備はよろしいですか?」

 審判を務めることになったフェリが声をかける。

「問題ない」

「はい」

「では、両者構え」

 2人はそれぞれ武器を構える。

 あれ、そう言えばなんで当然のように模擬試合することになっているんだろう?

「始め!」

 シオンがそのことに気づいた時には、勝負の火蓋が切って落とされていた。


「参るっ!」

「っ!」

 フェリの開始の合図とともにラウラが薙刀を振るう。シオンはバックステップで躱す。速い。始まった以上、集中しないと。剣を握る手に力が入る。

「今の攻撃を避けるか、ならばこれはどうだ!」

 ラウラは口元に笑みを浮かべながら縦に横に薙刀を振り回す。シオンは時に躱し、時に剣で受け流しながら攻撃を捌いていく。

 距離が全然詰められない……。

 攻撃に転じたいところだが、近づこうとすると薙刀で薙がれ思うように前に進めない。魔法を使える勝負なら遠距離から魔法攻撃をしたり、身体強化で相手の後ろを取ったりと試せるアイデアがいくつか浮かんでいるが、今回の勝負は魔法禁止で純粋な武術のみ。そうなると、打てる手立ては隙を見つけて距離を詰めるか、相手の攻撃を躱し続けて消耗戦に持ち込むかぐらいしかないが今のところ隙が見つからない。


 ラウラは自分の背よりも長い薙刀を手足のように扱い、様々な攻撃を繰り出してくる。模造品で実際に鉄の刃がついていないとはいえ、かなりの重さがあり振り回すのには相当な腕力が必要なはずだ。だが、ラウラの手数は一向に減る気配を見せていない。それどころか一振りの速さが上がってきているようにすら感じる。このままじゃじり貧で負けてしまう。

 ……焦っちゃいけない。落ち着くんだ。距離を取りゆっくりと息を吐く。どこかに必ず距離を詰める方法があるはず。そこを見つけ出すんだ。シオンは集中力を上げ剣を構えた。


 これで本当に12歳か? ラウラは薙刀を振りながら相対するシオンに感心していた。同級生でもここまで私の攻撃を躱し続けた者はいない。ただのティアナのブラコン発言だと思って聞き流していたがそれだけではないと言うことか。魔法にも卓越した才能を持っているという話だから、魔法ありの勝負だったらもしかしたら負けていたかもしれない。とは言え、魔法禁止の勝負である以上、私の間合いを切り抜けてくることはできないだろう。リーチの差はそれだけ有利になる。


 だが、油断はできない。ラウラは距離を取り剣を構え直したシオンを見つめる。あれは勝負を諦めていない瞳だ。そのことがラウラの胸を熱くさせる。面白い。

 幼さの残る顔に黒くさらさらした髪。ティアナの話が本当だとすれば、努力を怠らず、周りの者にも分け隔てなく優しいと聞いている。ティアナがブラコンになる気持ちもわからないでもない。こんな弟がいたら甘やかしてしまうかもしれないが、残念ながら私は姉ではなく先輩だ。後輩に厳しさを教えてあげるのが先輩の役目。ティアナには悪いが勝たせてもらうとしよう。

 ラウラは薙刀を頭の上で回して、構え直した。


「ニーナさん、さっきの話の続きなんですが、どうしてシオン君が勝つと思ってるんですか?」

 ローザがニーナに尋ねる。4人の視線は勝負を続けているシオンとラウラに向いたままだ。

「……少し説明がしづらいのですが、高ランクの冒険者になれる人には2つの素養が必要らしいんです」

 ニーナは昔グレナから言われた事を口に出す。

「1つ目はどんな状況でも諦めないこと」

「確かに、シオンはああ見えて意外と負けず嫌いだからね」

 ティアナは昔のことを思い出したのかふふっと頬を緩ませた。

「2つ目は心の内を常に冷静にしておくこと」

「冷静に、ですかー?」

 ローザが間延びした声を上げる。

「はい、感情が滾ると視野が狭くなる傾向にあります。一部それを力に変える冒険者もいますが、視野が狭くなると相手の隙や突破口を見逃してしまうことに繋がりますから」

「なるほどね、確かにそれもシオンに当てはまるかも」

 ティアナが賛同したとき、勝負はいよいよ結末に近づこうとしていた。


 シオンは未だ距離を詰められずにいた。だが、斬撃を避け続けてきたことで少しずつ太刀筋を見極められるようになってきていた。

 どっかに距離を詰める方法が……。

「降参するか?」

 ラウラが声をかけてくる。表情からまだ体力に余裕はありそうだ。

「大丈夫です」

「そうか、じゃあそろそろ終わらせてやろう」

 ラウラは鋭い斬撃を繰り出していく。その最中、シオンは閃いた。

「はぁぁぁっ!!」

 今だっ!!

 ラウラが薙刀を横に薙ぐ。その瞬間シオンは前に突っ込み、薙刀が当たる前に体を屈めスライディングするように薙刀の下を通り抜けた。

「なっ⁉」

 ラウラの目が大きく見開かれる。距離が近ければ薙刀が当たったところで大した威力ならないはず。

 もらった!


「あっ⁉」

 立ち上がろうとした瞬間、芝に足を取られシオンは前のめりに倒れこんだ。口に柔らかいものが当たった感触がする。

 あれっ、痛くない? むしろ温かい?

 つい閉じてしまった目を開けると眼前にラウラの切れ長の瞳が見えた。

「……っ!? す、すいません⁉」

 シオンは慌てて起き上がり、がばっと頭を下げる。

「い、いや、問題ない」

 ラウラは左頬に手を当てながら立ち上がる。

「怪我はないか?」

「はい、ラウラさんが抱き留めてくれたお陰で。ありがとうございます」

 恐る恐る顔を上げながらお礼をすると、

「っ! ああ」

 ラウラは顔を背けながらそう返答した。

 

 

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