第31話 少年期 忍び寄る影
シオンたちの屋敷のある街の外れに小さな安宿がある。かなり年季の入った木造2階建てで、部屋は隙間風のせいで中にいるとは思えないほど寒い。だが、その分値段も相場の半分以下なので駆け出しの冒険者や出稼ぎにきた労働者たちに重宝され、意外にも繁盛していた。
そんな安宿の2階。奥の角部屋に一人の男が入っていく。全身を黒い外套で覆っているためよく人相は見えない。
「ギース」
部屋に入った男はベッドで寝ている男に声をかけた。
「情報は集められたか?」
ギースと呼ばれた男はベッドで横になり目を瞑ったまま答える。
「今日屋敷の傍までいった奴が庭にいたところを確認した。やっぱり屋敷の中に入るのは難しそうだ」
「だろうな、仲間はある程度集まっているか?」
「10人はもう街の中に入ってる。言われた通り少人数に分けて宿に泊まらせてる」
男は懐から仲間が泊っている宿に印を打った地図をギースの方に投げる。ギースは視線を向けないままそれをキャッチすると数秒目を通し地図をそのまま床に捨てる。
「最悪、護衛の奴らと闘うことを考えるとあと5人は欲しいな」
「一週間以内にこの街に入るよう手配しておく」
「よろしく頼んだー」
ギースは相変わらずベッドに寝ころんだまま手だけを上げてひらひらと振る。
「なぁ、仮にも『銀亭』のリーダーなんだからもう少しきちっとしろよ」
「十分してるだろ。きちんと指示を出してるし、依頼も成功してる。これ以上ないだろ」
「そりゃ確かにお前がリーダーになってから依頼の成功率は格段に上がったし、名前も売れてきた。近頃じゃ貴族からも依頼が来るようになって金も増えてきた。今後さらに名を上げればもっと大きな貴族から依頼が舞い込んでくる。その時に頭がこんなだと思われたらどうする」
確かこいつは『銀亭』の中でも古参のやつだったっけ。
ギースはようやくベッドから上体を起こして外套の男を見つめる。男の顔は欲にまみれていた。長いこと盗賊をやってようやく名前が売れ、金も手に入って、これからもっと成り上がってやろうという野心がありありと見える。あわよくば俺を殺して自分がトップになることも考えているだろう。
「……しょうもな」
「おい、なんか言ったか?」
「いや、何も。そもそも相手が大貴族になろうが俺は表には出るつもりはない。それは最初から言っていたが?」
「でもよ……」
「おい、そもそもこの『銀亭』のトップは俺だ。嫌だったら抜けて貰って構わないが?」
「いや、それは」
ガンを飛ばすと外套の男は身をすくませる。
この程度のことでビビるような奴がナンバー2とか終わってんな。ギースは心の中で毒づく。
「ひとまず仲間が集まるまでこれまで通り情報収集に徹しとけ。どっかでチャンスは必ずくる。だから勝手な行動は絶対しないよう伝えとけ」
「わ、わかった」
「ならとっとと下がれ、俺はまだ眠いんだよ」
「…っ! ああ」
犬を払うように手を振るしぐさに外套の男は一瞬顔をゆがませたが、言い返すことなく部屋を出て行く。
男の足音が聞こえなくなったのを確認してギースは床に捨てた地図を再び手に取り眼前で広げる。
「大体、盗賊の名前が売れたら駄目だろ」
裏で生きる以上、表では目立たず生きていくことが鉄則だ。名前が売れれば売れるほど仕事はやりにくくなるなんてこと馬鹿でもわかる。そんなこともわからない馬鹿以下の奴が娼館や酒場で自分から言いふらしているんだろう。
「……そろそろ潮時だな」
この分だとそう遠くないうちにお縄に着く羽目になるだろう。あいつらのせいで俺まで被害をこうむるのはごめんだ。とは言え、仕事を引き受けちまった以上、やらずにばっくれるのは俺の主義に反する。まあ、俺が許可したものじゃなくて金に目のくらんださっきの馬鹿以下のナンバー2が勝手に受けてきたものだけどな。もし事前に俺に話が届いていたなら間違いなく断っていた。
ギースは地図をなぞっていく。指は道通りに進みローゼンベルク家の屋敷に辿り着く。伯爵家の末っ子を攫うなんて早々できることじゃない。チャンスは一度きりだと考えたほうがいいだろう。だからこそ慎重に事を進める必要がある。でもまあ、あのごみどもが邪魔をしなければ俺にできないことはない。
自信家だがそれに見合うだけの実力を持っているギースは一人ほくそ笑みながら方法を頭の中で思案していく。
空はいつの間にかやってきていた分厚い黒雲に覆われ、ぽつぽつと振り始めた雨粒が窓ガラスに当たっていく。当分止みそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます