第44話 少年期 届いた一報
「クリストフ! 大丈夫か⁉」
シオンが気を失った頃、オーデンヴァルトの森方面からけたたましい音と光を確認した街の衛兵たちはすぐに数名のチームを編成し調査に向かい、その道中でリアを背負ったクリストフを発見していた。
「何があった? シオン様とゲオルグ隊長はどうした」
調査チームの隊長は部下にリアを保護させながら尋ねた。クリストフは魔力切れ寸前の状態で顔や鎧はひどく汚れており、よく見れば鎧には敵に攻撃されたような痕跡も見受けられる。何かがあったのは一目瞭然だった。
「……森での警護任務中、数十名の賊に襲われた」
「……っ!」
一同が息を飲んだ。ローゼンベルク領内でも犯罪は0ではない。だが領主の子供を狙うような大規模な犯罪はこれまで一切起こっていなかったのだ。
「奴らの狙いはリア様の誘拐だった。それを防ぐためにゲオルグは足止めを……」
「シオン様は!」
「……あのガキは俺と退却中に時間を稼ぐと言って……」
クリストフは顔を伏せる。
「お前、護衛対象に足止めをさせたのか! シオン様はまだ12歳だぞっ!」
チームの若い騎士がクリストフの胸倉をつかみ上げた。彼はシオンと何度か顔を合わせたことがあり、その人となりを気に入っていた1人だった。
「やめろ、そんなことをしても状況は変わらない」
今にも殴りかかりそうな若い騎士を隊長が諫めた。
「おい周りに賊がいる様子はあるか?」
周囲を警戒している部下に声をかける。
「いえ、見える限りいません」
「そうか、……これは私だけで判断できる状況にない。我々はリア様を護衛しつつ街に戻る。お前とお前は俺たちよりも先に街に戻り今聞いた状況をブルーノ様に急ぎ伝えろ」
「「了解しました」」
指示された騎士2人は馬に跨ると手綱を操り街に引き返していく。
「我らも街に急ぎ戻るぞ」
隊長の声に騎士たちは一斉に返事を返した。
「なんだとっ⁉」
屋敷の執務室。戻ってきた騎士に告げられた言葉にブルーノは勢いよく椅子から立ち上がった。机に手を付いた時の振動で積み上げられていた書類が雪崩のように床に落ちていく。
「……」
一緒にその場にいたミヒャエルは言葉を発することなく、考え込むように口元に手を当てていた。
「リアに怪我は?」
「はっ! 酷く憔悴しておりましたが大きな怪我などはしておりませんでした」
「……そうか」
騎士から伝えられたのはブルーノが去った後、リアを狙って賊たちが襲ってきたこと、ゲオルグとシオンは賊の足止めするために森に残ったと言うことだけだった。
俺のせいだ。俺があの時2人をあの場に残したから。ブルーノの強く握りしめたこぶしは切れそうなぐらい血管が浮き上がっていた。
「屋敷の者を集めてくれ、それとすぐに動ける騎士たちを庭に」
「はっ!」
騎士は敬礼してすぐに部屋を出て行く。
「……『銀亭』の可能性が高いね」
「ああ」
ミヒャエルの言葉にブルーノが頷く。
もっと注意しておけばこんなことには……
「クソッ!」
今はそんなことを考えている場合じゃねぇ。まずはシオンとゲオルグの救出だ。ブルーノは壁に立てかけていた剣を持ち部屋を出ようとしたが、それはドアの前に移動していたミヒャエルによって遮られた。
「何のつもりだ?」
「ブルーノのこそどこに行くつもり?」
「シオンたちを助けに行くに決まってんだろっ!」
「……ブルーノ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかよっ!」
ブルーノが壁を叩き睨みつけるがミヒャエルは動じた様子はない。
「敵の動きがはっきり分かっていない以上、領主代行が自ら森に行くべきじゃない」
「んなこと関係ねぇ! 俺のせいでシオンが!」
その瞬間、ブルーノの頭上から大量の水が落とされた。
「頭を冷やして。リアを狙ったという話がブラフで、奴らの狙いが領主代行だったとしたら? この街だったとしたら?」
「……」
「ブルーノ、お前は領主である父さんからこの街の領主を代行している。領主が一番最初に考えなきゃいけないことは、この街と街に住んでいる人たちの安全だ」
「ならお前はシオンたちを見捨てろって言いたいのかっ⁉」
語気を強めるブルーノにミヒャエルは首を横に振る。
「そうじゃない、人を使えって話をしている。ブルーノはここに残って街を守る必要がある」
「……俺以外に誰が指揮を執る?」
少し落ち着きを見せたブルーノが呟いた。歴の長い騎士たちの多くはカールと共に王都か、他の街に分散されて配置されている。この街で盗賊討伐など比較的大規模な作戦の指揮を執ったことがあるのはブルーノとゲオルグしかいないのだ。
「……僕が指揮を執る」
「は?」
ブルーノの口から思わず声が漏れた。確かにミヒャエルは指揮能力も個の武力もブルーノに並ぶぐらいの実力を有しているからうってつけの人材と言えなくもない。だが、ミヒャエルは争いが嫌いで盗賊討伐はおろか、魔物の討伐ですらほとんど行ったことがないのだ。
「軍略や策についての本はこれまで数多く呼んできているし問題ない。それに僕も領主の息子だ。騎士たちの士気が下がることもない」
「でもお前……」
「問題ない」
ミヒャエルはブルーノの言葉を遮るように続けた。
「シオンは僕が必ず連れて帰る」
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