第43話 少年期 甘ちゃん

 リアたちは上手く逃げ切れたかな……

 十数度目の氷の球を放ちながらシオンは荒い息を繰り返す。タックルされた脇腹は今も激しい痛みが続き、魔力切れが近いせいか視界は歪んで見え始めた。でもここで止めるわけにはいかないんだ。

「よぉ、ほんとにガキ1人で足止めしてるとはな」

「……っ⁉」

 不意に後ろから届いた声。シオンは力を振り絞って距離を取り、振り向きざまに氷の球を放つ。

「そんな状態でよく魔法が放てるな」

 青年は感心した様子で言葉を発しながらいともたやすく攻撃を避けていく。

 こいつ湖で見たリーダーの男だ。 

「どうした? もう終わりか?」

「……っ!」  

 ここで向こうに攻勢に出られてしまったら太刀打ちできない。シオンは体にムチを打ちながら風の刃を放つ。

「へぇ、風魔法も使えるのか」

 しかし、それらも当然のように避けられる。もうそうそう魔法は使えそうもない。長く戦えないなら他のことで時間を稼ぐしかない。

「あなたがリーダーですか」

「ああそうだ」

 青年は鷹揚に頷いた。

「なんでリアを狙ったんですか?」

「それなー」

 青年は戦闘中だとは思えないぐらい気さくな口調だった。

「馬鹿な部下の1人が勝手に依頼を受けてきちまったんだよ。正直、俺がその場にいたら受けてはいなかっただろうな」

「なら……」

「だが、引き受けちまった以上こっちも後には引けねぇんだよ。俺らみたいな仕事は実績と信用が大事だからな」

 シオンは拳を握りしめ青年を睨みつける。

「そんな怒んなよ」

「大切な家族が狙われて怒らないわけないだろっ!」

 シオンは吠えながら剣を抜いた。しかし、限界の体では剣を構えるのがやっとだ。

「血も繋がっていないのにか?」

「……」

 言葉にせずとも瞳が悠然と語っていた。

「おしゃべりはここまでだな。こっちもそこまで時間に余裕があるわけじゃねぇし」

 青年は一瞬にしてシオンとの距離を詰める。

 まずいっ! そう思った時には既に遅かった。


「かはっ……!」

 防御姿勢も取れていなかった鳩尾に蹴りが入り、シオンは地面に何度も体を叩きつけるように転がった。

 息が上手くできない。立ち上がろうにも腕や足に力が入らない。今の一撃で魔法の集中が切れて辺りを包んでいた霧や道を塞いでいた地面が元に戻っていく。青年はスタスタとシオンの元まで歩いていくと髪の毛を掴んで顔を上げさせた。

「なかなか見てくれも悪くねぇな」

「リアたちの、ところ、には……、いかせない」

 シオンは魔法を放とうとするも簡単に青年に腕を捻り上げられる。

「がぁぁぁ!」

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。

「まぁ、貴族の坊っちゃんにしてはよくやったよ。でもな」

 青年は顔色一つ変えずに続ける。

「お前、俺らを殺すような魔法放ってなかっただろ?」

「……⁉」

「そういうところが甘ちゃんなんだよ」

 言葉と共に鳩尾を殴られ、シオンはそのまま意識を失った。


「ギース!」

 足止めのなくなった賊たちが続々と青年の周りに集まってくる。その下にはぼろぼろになった黒髪の少年が横たわっていた。

「このガキがっ!」

 怒りに震えた賊の1人が少年に武器を振り上げながら近づいていく。だが、その攻撃がシオンに当たることはなかった。

「ぐぅぅぅ」

 間に入ったギースが男の腹を思い切り蹴りこんだのだ。男はその場に腹を抑えながら倒れこむ。

「ギース! 何のつもりだ!」

「こいつのせいで俺たちは依頼を失敗したんだぞ! 嬲り殺さなきゃ気が済まねぇ!」

 賊たちがそうだと一斉に声を上げ始める。

「黙れ」

 殺気の籠った視線で睨みを利かす。あまりの殺気に武器を取り落とすものまでいた。

「こいつは生かしたまま連れて行く。魔法を封じるアイテムでこいつを縛っとけ」

「ふざけんなっ! 俺はこいつのせいで腕が折れたん……」

 ギースは明らかにイラついた様子で声を上げた仲間の前に立った。

「お前、利き腕はどっちだ?」

「はっ?」

「とっとと答えろ」

「左腕の方だ」

「そうか、よかったな」

 その瞬間、男の右腕が宙を舞った。

「は?」 

 何が起こったのかわからない様子で呆けたいた男だったが、自身の右腕がなくなっていることに気づいて喚きだした。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ギースは近くの仲間の腰に合った剣を抜き腕を切り落としたのだ。

「お、おい、止血だ、止血してやれっ!」

 ナンバー2の男が慌てて指示を出し、腕を落とされた男が手当てのために連れられて行く。

「「「……」」」

 あまりのことに誰1人言葉を発せなくなっていた中、ギースは平然と剣を振るって血を払うと仲間の男に投げ返す。

「この『銀亭』のリーダーは俺だ。文句があるなら消えろ」

「……」

「わかったならとっとと移動する準備をしておけ」

 逆らうほどの気概も実力も持たない男たちは恐怖に震えながら退却の準備を始めた。



 


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