第72話 少年期 美化委員会の令嬢

「改めまして、ナタリー・マイヤーです。ローザとは小さい頃からの幼馴染なんです」

 たおやかな所作でナタリーがお辞儀する。

「マイヤーって……」

 聞いたことのある家名にシオンが目を見開く。

「ええ、父は辺境伯のアルノルト・マイヤーです。意外ですよね?」

「いえ……そんなことは……」

「気にしなくていいんですよ。よく言われますから」


「シオンお兄さま、マイヤー様って有名なんですか?」

 リアがくいくいとシオンの袖を引っ張る。

「うん、10年前の帝国との大戦で大活躍をした英雄なんだよ」

『アルノルトがいなければ王国は戦争に負けていた』

 後にそんな話が出るほどの活躍を見せ、その功績を持って当時子爵だったマイヤー家を辺境伯まで上げた人物だ。戦場で功績を上げ祖国を救う、まさに物語に出てくるヒーローで男の子たちの多くがアルノルトに憧れている。

「まぁ、父が聞いたら喜びますね」

 ナタリーが口元に手を当てながらくすくすと笑う。

「でも、お父様曰く、活躍できたのはラルフ侯爵のおかげらしいです。『あいつの策のおかげで活躍できたのに自分ばかり目立って申し訳ない』といつも言ってますから」


「ラルフ侯爵様が……」

 シオンの脳裏に役者と見紛うような美形の顔が思い起こされる。

「その感じだとお会いになったことがあるんですか?」

「はい、王都に向かう途中でお屋敷に泊めて貰ったんです」

「それは凄いですね」

「そうなんですか?」

「ラルフ侯爵様は社交界に顔を出さないで有名なんですー」

 ローザが口を挟む。

「ええ、ご興味のある人しか屋敷にも呼ばないらしいですから。目をかけられているのかも知れませんね」


「シオン君はもうDランクの冒険者だから、そこで目をつけられたのかも」

「まぁ、そうなんですか?」

 ローザの言葉にナタリーが驚く。

「はい、Dランクです。ってどうしてローザ先輩が知ってるんですか?」


 別に秘密にしているわけじゃないけど家族ぐらいにした喋っていないのに。ローザは紅茶を一口飲みソーサーに戻すとにっこりと微笑む。


「ティアナが教えてくれるんだよ。ことあるごとに『うちのシオンがね~』って。だから初対面の時もあんまり初めて会った感じがしなかったんだよー」

「そうなんですか……」

「他にもいろいろ聞いてるけど、知りたい?」

「……例えばどんなのがあるんですか?」

「そーだねー」

 ローザは頬に手を当てながら少し考え込む。

「最近だと添い寝しちゃったとか」


 ぐさっとダメージが入る。ただでさえ恥ずかしいのに、ティアナ姉さんと仲のいい先輩たちにも知られていると考えると……

「他にも聞きたい?」

「……大丈夫です」

 聞かなければ良かった。顔を俯かせながら好奇心に負けた自分を後悔する。

「シオン君ってすぐ顔が赤くなるよねー、かわいい」

 追い打ちをかけるような言葉にさらに顔が熱くなる。

「兄弟仲が良くて素敵だと思いますよ」

「シオン様、私もそう思います」

「……ありがとうございます」

 ナタリーとフェリの励ましに何とか答える。


「ローザさん」

「なぁに、リアちゃん」

 成り行きを楽しそうに見ていたリアが口を開く。よかったこれで話題が逸れる。そうシオンが胸を撫で下ろした矢先。

「リアも一緒に寝てます!」

 えっへんと自慢げに告げられ、シオンががくりと肩を落とした。


「ねぇねぇ、ナタリー先輩。シオン君いい子でしょ?」

 ダメージを追ったシオンを不思議そうに見つめるリアと何とか励まそうと淡淡しているフェリを横目にローザがナタリーに囁く。

「ええ、ローザが気に入ったのがわかります」


 長い付き合いからローザは可愛らしい男性が好きなのを知っている。それに不思議と人から好かれそうな雰囲気を持っている子ですね。

「でしょー。だからシオン君を美化委員会に推薦したいんだけどいいかな?」

「もちろん入ってくださったら歓迎しますけど……」


 ナタリーは未だダメージを受けたままのシオンを眺める。

「今うちの委員会は女子生徒しかいませんし、気を遣わせてしまうかもしれませんね」

「そうかなー? 男の人はハーレムって喜ぶんじゃないの?」

「それにシオン君が入りたいと思ってくれているならいいですけど、無理やり勧誘するようなことはしないように」

 苦笑いを浮かべながらたしなめる。

「はーい」 

「でも男手は欲しいじゃないですかー」

「それはそうですけど」


 美化委員会は一見すると力仕事と無縁そうに思われるが実はそうでもない。花壇の手入れの際には何キロにも及ぶ肥料を運んだり、植え替えの際には大量の花々を動かしたりする必要がある。

 清掃時にも大きなものを動かさないといけないこともあり、意外と力仕事が多く男手があると助かるのは事実だ。


「ならならー、まず一回体験してもらうのはいいですよね?」

「それは問題ないです」

「わかりました。ねーねー、シオン君」

 ローザは嬉しそうに頷いてすぐさまシオンに声をかけた。


「なんですか?」

「入学式が終わった後少しだけ美化委員会の活動のお手伝いをしてくれないかな?」

「わかりました」

「ほんと!? ありがとう!」

「内容も聞いてないのに宜しいんですか? 先輩のお願いだからって無理しなくてもいいんですよ。もちろん手伝ってくださるのは有難いのですが……」

 喜んでいるローザをしり目にナタリーが尋ねる。


「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫です。ローザ先輩はティアナ姉さんの友達ですし、僕としても早く先輩たちと仲良くなりたいですし……」

 無理に言ってるわけではなさそうですね。

「でしたら手伝っていただけると嬉しいです」

「わかりました、ありがとうございます」

 なるほど、皆さんが良く思っている理由が少しわかりました。

「お礼を言うのはこっちの方です。ありがとうございます。シオン君」

 ナタリーはそう言って可憐な笑みを見せた。


 


 


 

 

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