第95話 少年期 目をつけられた少女
あの子はっ!?
怒号が響く場所にいたのは前にシオンがお花を買わせてもらった獣人の少女だった。少女のすぐ傍には3人の冒険者が取り囲むように立っており、彼女の耳は恐怖からかぺたんとなっている。尻尾も力なく地面についていた。
「ちょっと、シオン!」
シオンはラウラの言葉を聞くよりも早くその場へ駆け出していた。
「お前ら劣等種が王都の往来にいるんじゃねぇよ!」
「……っ!」
冒険者の大声にルルはびくりと体を震わせた。
「大体、そんな雑草を売って金にしようってところも気に入らねぇ」
冒険者の1人がそう言ってルルが胸に抱ええていた籠に手をかける。
「……やめて、ください」
「うるせぇな!」
ルルは声を絞り出しながら必死に籠を守ろうとするも、あっという間に冒険者に奪い取られてしまう。
「こんなもの」
冒険者は奪い取ったかごをそのまま地面に叩きつけた。その瞬間、中に入っていた色とりどりの花が地面に飛び散った。
ルルの瞳に涙が滲んでいく。その様子に冒険者たちは下品な笑みを浮かべ、1人が地面に転がっている籠に向かう。
「……だめっ!」
その瞬間、ルルが籠を守るように覆いかぶさった。
これだけは守らないと。
ルルは目をぎゅっと閉じ、やってくるであろう痛みの瞬間をじっと待つ。しかし、痛みは中々やってこない。
「なんだてめぇ?」
代わりに届いたのは冒険者のそんな声だった。
「それはこっちのセリフです」
シオンは籠を踏みつけようとしていた冒険者の首元に、鞘に入れたまま剣を突き出した。
「ヒーロー気取りか?」
「俺たちはそこの劣等種族のガキに社会の厳しさを教えてやってるだけだぜ」
残りの冒険者たちがそう言ってシオンの周りを囲んでいく。
「差別は禁止されてますし、あなたたちの行いはただの嫌がらせです」
「はっ、ガキがいっちょ前に言うじゃねぇか」
冒険者のこめかみに青筋が浮く。
「学院生だろうと容赦しねぇぞ」
「先に剣を向けてきたのはそっちだからな」
冒険者たちが口々に言い放つと剣を引き抜いた。
一人一人はそこまで強くないが、流石に3対1は分が悪い。それにシオンの後ろには籠に覆いかぶさってプルプル震えている少女がいる。
この人たちなら彼女を狙ってきてもおかしくはない。衛兵が来るまで時間を稼ぐしか……。
「馬鹿なガキが! 痛い目みろやっ!」
冒険者がそう言ってシオンに切りかかろうと剣を振り上げる。その刹那。
「お前らみたいな奴らには礼儀は必要ないな」
そんな声と共に鈍い音が通りに響き、剣を振り上げた冒険者が脇腹を抑えながら地面に倒れこんだ。
「ラウラ先輩」
「シオン目の前のやつを頼む」
ラウラは薙刀を構え直すともう1人の冒険者の前に仁王立ちした。
「私の大事な後輩に手を出そうとしたな」
ぎろりとラウラが睨みつけると、残った2人が一度距離を取る。
「てめぇ、よくもやってくれたな」
リーダーの男がぎりぎりと歯を噛みしめる。
「このまま上手くいくと思うなよっ!」
冒険者の男たちは再び剣を構えると2人に向かって突進してきた。
「……」
シオンたちが冒険者と争いを始めた中、その様子を少し離れたところから1人の学院生が様子を見ていた。
「ダミアン様、いかがなされましたか?」
急に足を止めたダミアンに従者が恐る恐る声をかける。
「黙ってろ」
「し、失礼いたしました!」
従者は顔を真っ青にしながら後ろに控えた。彼はこれまでダミアンの機嫌を損ねて何人もの同僚が職を失ったり、懲罰と言う名の暴力に合ってきたことを知っていた。だからこそ、過剰ともいえる反応をみせていた。
「……ちっ」
あいつら使えないな。ダミアンが舌打ちした。
最初こそ威勢よく突進していった冒険者たちだったが、シオンともう1人の女子生徒は簡単に受け流してみせると、反転して攻撃に転じていく。戦況は瞬く間にシオンたちに傾いていた。
結局、その後、数分もしないうちに冒険者たちはシオンたちによって完璧に制圧された。
相変わらず気に食わねぇ。周りの市民たちから拍手を貰い、照れている様子に無性に腹が立つ。調子に乗りやがって……。
だがいい。そのおかげでいい物が見れた。
「おいっ!」
「は、はいっ」
ダミアンが呼びつけると、すぐさま後ろに控えていた使用人が近づいてきて頭を垂れる。
「あの獣人のガキと冒険者たちを調べろ。すぐにだ」
「しょ、承知致しました!」
従者はダミアンに頭を下げる。
シオン、見てろよ。俺をコケにしたこと後悔させてやる。
ダミアンは獣人族の少女を見つめながら薄気味悪い笑みを浮かべていた。
衛兵が駆けつけ、地面に転がっている冒険者たちを連れて行くと、その場にはシオンとラウラ、ルルだけが残った。
「あ、あの本当にありがとうございました」
ルルはそう言って深くお辞儀する。
「ううん、それよりも怪我してない?」
「大丈夫です。それに、今日ほどじゃなくても絡まれることはよくありますから」
「……そうなんだ」
シオンの胸がずきりと痛んだ。
「すいません、お礼をしたいんですが、何もなくて……」
ルルはそう言って顔を伏せる。唯一彼女がお礼として渡せそうな花も今日は全て地面に散らばり無残な姿をさらしている。
「気にしなくていい、私たちはお礼を貰うために助けたわけじゃない」
ラウラがルルの前にしゃがみ込む。
「それよりも、まだあいつらの仲間が他にいるかも知れない。少なくとも今日の所はもう帰ったほうがいい」
ラウラの言葉にルルはぶるりと体を震わせながらも首を横に振った。
「今日はまだ全然稼げてなくて……」
「だが商品がないだろう? 今から街の外に出て花を取りに行くのは危険だし、やめた方がいい」
「でも……」
「僕も行かない方が良いと思う。それにラウラ先輩が言っていた通り、他に仲間が残っているかもしれないし。それに家族が心配するんじゃないかな?」
「家族……はい、わかりました」
ルルが力なく頷く。
「ラウラ先輩、さっきは助けてくれてありがとうございました。あと、すみません、僕これから彼女を家まで送り届けるので……」
「なら私も彼女の家まで付き合おう」
「いいんですか?」
「もちろんだ、乗り掛かった舟だしな」
「ありがとうございます!」
「……っ! ほら、遅くなる前に早く送ってあげよう」
シオンの満面の笑みに薄桃色に頬を染めたラウラがそっぽを向きながら答えた。
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