第104話 少年期 生徒会長

 放課後、シオンは生徒会室のドアを叩いていた。以前約束していた生徒会のお手伝いをするためだ。正直、ルルたちの件が頭から離れていないが、いまのところ新たな進展はないし、何より約束を反故にするわけにもいかない。


 寧ろ何かしていないと、そのことばっか考えてしまうからちょうどいいかもしれない。ティアナ姉さんにもあまり考えすぎないようにって言われてるんだけどな……。

 心の中で独り言ちる。


「どうぞー」

 ノックすると中から男性の声が聞こえてくた。でも、前に話したブリス副会長ではない。あの時会っていない人かもしれない。

「失礼します」

 中に入ると、ティアナもブリスも、シャルもソフィーもいなかった。その代わり、こちらに背を向けて窓の外に目を向けている男子生徒の姿があった。


「あの、今日生徒会のお手伝いをすることになっているシオンです。よろしくお願いします」

「聞いてるよ。シャルの手伝いをしてくれるんだよね? よろしく頼むよ」

「は、はい」

「とりあえず、シャルが来るまでは適当にくつろいでて。そろそろくると思うから」

「わかりました」

 シオンはソファーに腰を下ろす。その間も男子生徒はずっと窓の外に視線を向けたままだ。


「……あの」

「ん? どうかしたかい?」

「もしかして、生徒会長ですか?」

「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったね。失礼したよ。なんだかどこかで聞いたことのある声だから知っているものだと思ってた」

 そう言って男子生徒が振り向く。


「「あっ!?」」

 シオンと男子生徒の声が重なった。


「いやぁ、あの時は助かったよ!」

「い、いえ」

 男子生徒がシオンに笑いかける。対してシオンの顔は少し引きつっていた。まさか、セシリー先輩に会いに行った道中で出会ったあの人が生徒会長だったなんて。


「改めて、生徒会長のライトだ。まさかあの時の子がティアナさんの弟君だったとは、驚きだよ」

「そ、そうですね……」

 シオンとしても色々な意味で驚きが隠せない。ほんと色々な意味で。


「あの、あれって何をしてたんですか?」

「ああ、教えてなかったよね。僕はね空を飛びたいんだ」

 ライトは目を輝かせながらそう答えた。


「空を飛ぶ?」

「そう! 楽しそうだと思わないかい!?」

 ライトが興奮したようにずいっと顔を近づける。勢いに負けたシオンは「は、はい」と首を縦に振る。

「だよね! とは言っても今のところ一度も成功してないんだけどね」

 ライトがポリポリと頭をかく。

「ひとまず実際に空を飛んでいる動物たちの形を模倣しているんだけど、なかなか上手くいかないね」


 そこからライトはこれまでにどんなことをやっていたのか、聞いてもいないのに滔々とに話始めた。話を聞く限り成功までの道のりはかなり遠いはずなのにライトの表情は明るい。


「ん、なにか言いたそうだね?」

「いえ、そんなことは……」

「気にしないでいい、何か質問があるなら遠慮なく言ってくれ」

「じゃあ、その、話を聞いている限り失敗続きみたいなんですけど、大変とか辛いとか思ったことはないんですか?」

 

 聞けばライトは学院の2年生からこれまでずっと様々な方法を試してきていた。だが、そのどれもが失敗している。もし自分が同じ立場だったとしたら心が折れてしまっていると思う。だから気になったのだ。


「そうだね、考えたこともなかったけど……」

 ライトはそう言って少し考えたのち、「うん」と呟く。

「ないね、だって簡単に成功してしまったら面白くないだろう?」

 当然のように言ってのけるその姿は自信に満ち溢れていた。

「それに、これまで誰一人として空を飛ぶことはできていないんだよ! ロマンを感じるじゃないか」

 前人未踏の快挙。確かに、胸をくすぐるワードではある。


「ところで」

 そうライトが切り出す。

「前に会った時から気にはなっていたんだけど、何か悩み事でもあるのかい?」

「……っ。もしかして顔に出てましたか?」

「いや、勘だよ」

 あまりに堂々と言ってくるものだから、シオンは呆気に取られてしまう。


「それで、もし良かったら話を聞かせて貰えないか? こう見えても僕は生徒会長だからね。生徒たちの悩みを聞くことにも慣れてるんだ」

「えっと……」

 シオンは逡巡する。

「もちろん、無理にとは言わない」

 ライトはそう言ってシオンの瞳をじっと見つめてきた。不思議とこの人には話しても大丈夫、そんな考えが自分の中から出てきて自分でも驚く。


「……その、少し重い話かもしれないんですけど……」

「ああ、聞かせてくれ。それとこう見えて口は堅いから」

「ありがとうございます」

 シオンはお礼を言ってから、話始めた。もちろん全てありのまま話すわけにはいかないのでオブラートに包んでだが。


「つまり、助けたい人がいるけど自分たちの力だけじゃどうにかできないかもしれないことがあると」

「はい……」

 シオンが頷く。

「なるほどね、なら解決方法は1つなんじゃないかな?」

「えっ?」

 シオンがばっと顔を上げる。

「簡単な話だよ。いまの人数で駄目なら周りに助けを求めればいいじゃないか」

「でも、もしかしたら危険が及ぶかもしれませんし、迷惑をかけることになるかも……」


「そのことを手伝って欲しい人たちに伝えたのかい?」

「えっ?」

「思いや考えは言葉にしないと伝わらないんだよ。もちろん、僕はシオン君の考え方も間違っていないと思うけどね。でも、それでもどうしても助けたいというのなら、事情をきちんと話して助けを求めるべきだよ。君が巻き込みたくないと思っているように向こうも君を助けたいと思っているかも知れないじゃないか」

 それにとライトが続ける。

「君の周りにいる人たちはその話を聞いて助けてくれないような薄情な人たちなのかい?」

「そんなことないです!」

「なら、答えは決まっているんじゃないか?」


「おっ疲れ様でーす! って会長とシオン君じゃん!」

 ライトとの相談がひと段落したところでシャルが元気よく生徒会室に入ってきた。

「お疲れ様、相変わらず元気だね」

「今日はシオン君と一緒にお仕事ですから!」

「そっか、じゃあ早速頼むよ」

「わかりましたー。それじゃあ、シオン君いくよー」

 シャルが鞄をソファー投げるとシオンの手を掴む。


「しゅっぱーつ!」

「いってらっしゃーい」

「シャル先輩、ちょ、ちょっと待って下さい。会長ありがとうございました」

 ライトはシオンの目を見て微笑む。

「気にしないで、それより2人ともよろしくねー」

 フリフリと手を振るライトに見送られながら、シオンとシャルはドアの向こうに消えていった。

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