第82話 少年期 呼び出し
「シオンお兄さま、今日は早く帰れますか?」
眠気まなこをこすりながらリアがシオンの制服の裾を掴む。
学院が始まってからリアはこうして必ずシオンが出かけるときに見送ってくれるようになっていた。仲の良い使用人たちはローゼンベルク領だし、シオンもティアナもフェリも昼間は学院にいるから寂しいんだろう。
「うん、今日は何の予定もないから早く帰れると思うよ」
寝ぐせのついた髪を優しく撫でてあげると、リアはえへへ~と顔を緩ませる。その様子に近くにいた使用人たちの顔も緩んでいる。
「もし大丈夫だったら、魔法の練習を一緒にしたいです」
「わかった」
リアに上目遣いでお願いされて断れる人がいるのだろうか。
「約束ですよ」
リアが小指を出してくるので、しゃがみ込んで小指を絡める。
「うん、約束」
「やったー! シオンお兄さま大好き」
リアは嬉しそうにぎゅっとシオンに抱き着く。
「ねぇ、フェリ、最近リアの女子力が凄いと思わない?」
玄関でそのやり取りを見守っていたティアナがフェリに尋ねる。
「……少なくとも私よりはあると思います」
「多分私よりもあるわね」
微笑ましくも胸の奥の方にもやもやしたものを感じながら2人はその様子を眺めていた。
「今日から選択した授業も始まると思うけど、シオンは今日どうするの?」
「とりあえず今日は剣術の講義を受けようと思ってます」
学院では午前は決められたカリキュラムを学ぶが、午後からは生徒たちが任意で選んだ講義を受けることができる。その為、選択できる講義はかなりの数がある。
特定の講義だけを受け続けることも可能なので、得意分野だけを学ぶものもいるし、反対に不得意分野を無くすために学ぶ人もいる。もちろんバランスよく受けることも出来る。だが、そう言われても自分が向いてる向いていない分野がわからないものも多い。そのため、1年生は夏の長期休暇前までは自由に講義を受けることが可能になっていた。
「そっか、最初の内はいろんなところを試してみて興味がある講義があったら続けてみると良いと思う」
「わかりました」
「うん、ちなみに私も剣術の講義を取ってるから午後は一緒ね」
ティアナは嬉しそうに声を弾ませる。
「シオン様、ティアナ様。到着しました」
フェリが馬車の扉を開ける。
「ありがとう、フェリ」
「いえ」
「フェリはシオンが講義を受けている間どうするの?」
「午前はマナー全般を午後は武術を学んでようかと思います」
「そっか、使用人のマナー講師は厳しいって有名だから頑張って」
「……わ、わかりました。頑張ります」
フェリは気合を入れるようにぐっと拳を握っていた。
「おはようシオン」
「おはようございます、シオン君」
「お、おはよう、シオン」
フェリクス、アヤメ、アカネが口々に挨拶する。
「おはようございます」
クラスではこの3人と集まるようになっていた。
「シオンは今日の午後何を受けるつもりなんだい?」
フェリクスが興味ありげに尋ねてくる。
「今日は剣術の講義のつもりです」
「そっか」
「フェリクスは?」
「僕は音楽だよ」
「音楽ですか?」
予想外の内容に思わず聞き返してしまう。確かに芸術分野の講義もあるが受講する人数はあまり多くないらしい。だが、試しにフェリクスが楽器を演奏しているところを想像してみると普通に似合ってそうだ。
「そうだよ、どんなものなのか気になってね。よかったら続けるつもりだよ」
「なるほど」
「アヤメさんとアカネさんはどうするんだい?」
フェリクスが前の2人に尋ねる。
「私たちは火属性の魔法の講義を受けるつもりです」
アヤメが代表して答える。
「2人とも火属性の魔法が得意なんでしたっけ?」
「そうよ」
アカネがふんと胸を張る。
「お嬢様、火属性の適性がSなんです」
アヤメが小声で教えてくれる。
「S!」
シオンは大きな声を上げてしまいそうになるのをなんとか堪える。Sランク、つまり最高ランクで相性がいいのだ。
「それは凄いね」
フェリクスも驚きの声を上げている。
「当然よ!」
アカネは褒められて満足そうだ。
「まあ、他の相性はよくてDランクなんですけどね……」
「ちょっと、アヤメ!」
「おはようございます、皆さん揃っているようですね。では朝の連絡事項を伝えます」
ライナーが教室に入ってきて連絡事項を簡潔に話始めた。
「いやぁ、ようやく昼休憩だね」
午前の講義が全て終わり、フェリクスはぐっと腕を上に伸ばした。
「お2人とも良かったら今日も昼食ご一緒しませんか?」
アヤメが口を開く。
「僕は構わないよ。シオンは?」
「大丈夫です」
「今日は天気もいいですし外で食べませんか?」
アヤメの提案に3人とも頷く。
「失礼致します」
凛とした声と共にフェリが教室内に入ってくる。
「シオン様昼食をお持ちしました」
フェリはそう言って弁当箱をシオンに手渡す。
「ありがとう、フェリ」
「いえ、では私はこれで」
一緒に食べない? と聞くよりも早くフェリはすっと教室を去っていく。なんでも他の貴族の子息たちがいる前で従者に甘い顔をしているのは良くないとのことだ。
「相変わらずクールだね」
「そうだね……」
「でも今日も嬉しそうに尻尾が揺れてましたね」
アヤメの言う通り、お礼を言われてからフェリのふわふわの尻尾は嬉しそうに揺れていた。気づいていないのは本人だけ。
「……可愛い」
アカネが頬を緩ませる。フェリが弁当を届けてくれると毎回だ。
「お嬢様も相変わらず可愛いですね」
それを見ているアヤメも毎度のこと。
「さて、そろそろ行こうか」
フェリクスが立ち上がる。その手にはいつの間にか弁当が握られていた。
今日も気づけなかった。フェリクスにも従者が1人ついてきているそうなのだが、一度も姿を見れたことはない。
「そうですね」
「はい、お嬢様行きますよ」
「わかってるわよ」
4人で教室を出ようとしたタイミングでアナウンスが流れる。
『1年Sクラス、シオン・ローゼンベルク君。至急、生徒会室に来てください。』
「呼び出しのようだね。何かやったのかい?」
フェリクスが楽しそうに声を上げる。
「身に覚えはないですけど……」
「至急とおっしゃってましたし、早く向かった方がいいんじゃないですか?」
「そうですね」
アヤメの言葉にシオンが頷く。
「すみません、失礼します」
3人に見送られながらシオンは生徒会室に向かって歩みを進めた。
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