第140話 少年期 試行錯誤

 商人から刀を受け取ったその日の夕方。シオンは戻ってきた邸宅の庭にいた。その手には先ほど商人から受け取った刀がしっかりと握られている。


「よしっ」


 気合いを入れるように声を出してゆっくりと鞘から刀を抜いていく。すらりと伸びた刀身は銀色に輝き、夕日に当てられよりその美しさを出している。


 誤って手を切ってしまわないように注意しながら刀を見る。改めてみてみても凄い技術だ。僕が知らないだけできっとこの世の中にはもっと様々な武器が存在しているんだろう。


「腕だけを振って切るんじゃなくて重心を移すこと……、切っ先から弧を描くように切ること……」


 刀を頂いた商人から教えて貰ったアドバイスを思い出しながら刀を振る。空気を切る音が辺りに響く。それから何度か教わったことを意識しながら刀を振るう。


「どうなんだろう……」


 意識して振っているつもりだが、実際のところどうなのかわからない。魔法であればミヒャエル兄さん、細剣であればティアナ姉さんに聞けるのだけど残念ながら刀については2人とも詳しくない。まだ何か知っているかもしれない、剣術の達人であるブルーノ兄さんはまだ仕事が終わっていないようで、早くても明日に到着できるかどうかとの連絡があったし……。


 いや、こんなことを思っている時点で自分がそもそもしっくりときていないのは明白だ。そもそもこれまで自分が魔法も剣も多少なにとも扱えるようになったのは、ミヒャエル兄さんや、ブルーノ兄さん、ティアナ姉さんと、手本となり、教えをこえる人たちがいたからが大きい。


 だが、刀は違う。全部自分ひとりで考え試行錯誤を繰り返すしか方法がないのだ。それはかなり大変なことになるだろう。元々剣を振っていたこともあるし、その癖が悪い方向に影響する可能性だってありうる。


「……もう少しだけやってみよう」


 けど、不思議と辛いと思うことはなかった。むしろどこか面白そうと思っている自分がいた。


 剣だったらブルーノ兄さん、魔法だったらミヒャエル兄さんに叶うようになるのは難しいかもしれない。けど刀ならもしかしたら……。


「シオン様」

「フェリ?」


 振り返るとそこにはフェリがいた。お風呂上りなのか髪の毛はうっすらと濡れている反面、尻尾は丁寧に手入れをされているのはふわふわに見える。


「皆さんお風呂に入られましたので、シオン様もと呼びにきました」

「そっか、わかった」


 シオンは刀をゆっくりと鞘にしまう。


「どうですか?」

「ううん、まだ全然感覚がつかめない」

「そうですか、でもシオン様ならきっと大丈夫です」

「ありがとう」


 小さく胸の前に握りこぶしを作ってみせてくれるフェリに笑みを返す。うん、焦ることはない。夏休みはまだまだあるし、まずは書物とかを漁ってみるのもありかも。今日行った港の方の露店に行けば書物を売っているところもありそうだったし。



---------

「んー、やっと着いたんか~」


 シオンがフェリに声をかけられ邸宅に戻ったころ、ノッテムダムに入港した一隻の船から1人の少女が降りてきていた。


「やっぱりケチって3等客席にするんじゃなくて2等客席にしておくんだったわ」


 ティアナと同じぐらいの年齢であろう少女は港に降りると荷物を傍に置いてぐぐぐっと背中を伸ばした。それから首を回すとぽきぽきと小気味のいい音と共に、ウェーブがかった赤毛がゆらゆらと揺れる。


「すいません、そこの赤毛のお客様ー」

「ん?」


 少女が振り返ると、そこには船員の若い男がこちらに向かってきていた。航海中何度か話したことはあったけど特に親しくなったというわけでもない。も、もしかしてあたしに一目ぼれしちゃったとか!? 


 いや~困っちゃうな~、でも私は夢の為にこの大陸にやってきたんだから恋愛なんかにうつつを抜かしている暇なんてないんだよな~。うんうん、ここは悪いけど断らせてもらうしかないね。


「忘れ物です」

「えっ? あっ!!」


 そう言って若い船員が差し出してきたものに少女は驚きの表情を見せる。鞄の中に入れていたつもりだったけど、相棒だからって抱いて寝てたの忘れてた。


「ありがとうございます」

「いえ、それでは」


 船員は少女に忘れ物を渡し終えるとすぐに船の中に戻っていく。途中で名残惜しそうに振り返るなんてこともない。


 ま、まぁ、そう言うこともあるよね。赤毛の少女は気持ちを切り替えると、鞄を肩にかけ歩き出す。


「まずは今日の宿を取らないと」


 その胸には先ほど船員から受け取った、彼女が相棒と呼んでいる槌が大事そうに抱えられていた。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る