第54話 少年期 アインホルン侯爵領
「シオン様、もうすぐ目的の街に到着します」
「わかった、フェリありがとう」
シオンたちが屋敷を出発してはや4日。天候もよく石畳で作られた街道を進んで行けたこともあり、予定よりも早くアインホルン領内に入れていた。
アインホルン領はローゼンベルク領とカイエン領とは反対の面が隣り合わせになっており、ローゼンベルクから王都に向かう場合、必ず通っているルートだ。
「シオンお兄さま、あそこに変な塔が建ってます!」
リアがかぶりつくように窓に近づいた。視線の先を辿るとくねくねと曲がった塔が見える。
「……そうだね」
何であんな形をしているのだろう? アインホルン侯爵領に入ってからそういった言葉に形容しがたい不思議な形をした建造物がたびたび窓の外を流れている。
「かっこいいですね!」
「……えっ、う、うん、そうだね」
キラキラした目に屈してシオンは頷いた。
上が違うと領内の雰囲気も一気に変わる。ローゼンベルクは良くも悪くも普通であり、のどかなで落ち着いた雰囲気の場所が多かったが、アインホルン領はさっきの塔しかり、何処か独特な雰囲気を持っていた。
「フェリとニーナさんはどう思いますか、あの塔?」
シオンはリアに聞かれないよう小さな声で向かいの席に座っている二人に尋ねる。
「えっと……」
フェリはどう答えるべきか視線を宙に彷徨わせる。うん、それだけで十分な答えだった。
「私は芸術がよくわからないので」
ニーナは無表情なまま流れていく塔を見つめる。自分だけではない様でシオンはほっと胸を撫で下ろす。
「シオン様、よろしいでしょうか?」
馬車が動きを止め遠慮がちに扉が叩かれた。
「大丈夫です、どうかしましたか?」
シオンは窓を開けると、やや困り顔の騎士がいた。
「先ほどアインホルン侯爵家の者が参りまして、本日は是非我が屋敷に泊って欲しいと……」
「それは……」
騎士はフェリとニーナの顔をちらりと確認して申し訳なさそうに続ける。
「断ったほうが宜しいと思ったのですが……、申し訳ありません」
「気にしないでください」
シオンがフォローする。アインホルン家はローゼンベルク家よりも爵位が高く、グロファイガー王国の3大貴族の1つに数えられている由緒ある名門。そこからの厚意を断るなんて不可能だ。
「じゃあ、お屋敷に向かって貰えますか?」
「了解しました」
「シオン様、私とニーナさんは別で宿を取りますよ」
「駄目です、女性二人だけで襲われたりしたら大変です」
「でも……」
フェリは少し緊張した面持ちで正面のお屋敷を見上げながら口を開いた。
連れてこられたアインホルン侯爵の屋敷はシオンたちの屋敷よりの2倍はありそうな広大な敷地を持っていた。塀の高い正門を抜けると右手にはいくつもの花々が咲き誇った庭園が広がり、左手には豪華な噴水が見える。
中央にどんと構える屋敷はシンメトリーになっていて、2階部分の中央には教会でしかお目にかかれないような美しいステンドグラスが西日に差されて輝いていた。
「シオンくん、私もフェリさんと同じで別の宿を取ったほうが良いと思う」
「ニーナさん……」
ニーナもフェリもこれまで差別を受けてきたことがある。もしかしたらその中に貴族の人たちから受けたことも合ったのかもしれない。
「わかりました……なら僕が断りを入れてきます」
「シオン様っ⁉」
フェリは驚きの声をあげ、予想外の言葉にニーナも目を大きく開いている。
「フェリもニーナさんも僕の大切な人です。二人にだけ迷惑をかけてしまうようなことはしたくありません」
「はぅぅ」
フェリは声を上げて顔を伏せてしまい、ニーナもすっとそっぽを向いてしまう。西日が当たっているせいかほんのりと頬が赤くなって見える。
「リアもそれでいい?」
「はい、リアはシオンお兄さまに賛成です!」
「ありがとう」
「えへへー」
シオンが頭を撫でるとリアはもっと撫でてと言わんばかりに手に頭をぐりぐりと押し付ける。
「実に美しい……」
屋敷の方からそんな言葉が聞こえてきたのはすぐ後の事だった。
「主人は使用人を想い、使用人は主人を想う。妹もそんな兄の行動を肯定する。ああ、なんと美しい光景でしょう」
声を上げた男性は手を叩きながら近づいてくる。ウェーブがかった長髪に白く透き通った肌。背も高く、人気劇団の主役と言われても納得してしまうような美形。
「ですが、その心配は無用です」
男はシオンの前に立つとしゃがみ込み目線の高さを合わせる。青色の瞳がシオンをじっと捉える。
「あなたがシオン・ローゼンベルクですね」
「……はい」
気圧されながらもシオンが答えると男はにこりと微笑む。
「若き英雄と会えたこと光栄に思いますよ。さぁ、皆様どうぞ屋敷の中へ」
先陣を切って屋敷に進む男にシオンたちは困惑しながら顔を見合わせる。
「ああ」
男は思い出したように呟き、くるりと振り返った。まとっていたマントがふわりと舞う。
「失礼、挨拶がまだでしたね。素敵な光景を目にして忘れてました」
両手を広げ、舞台の一幕のように男は告げる。
「ようこそローゼンベルク御一行様。私がアインホルン侯爵家当主、ラルフ・アインホルンと申します」
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