獣人族の姉妹編

第53話 少年期 王都へ

「失礼します、シオン様もうすぐ馬車の用意ができるとのことです」

「わかった」

「いえ、荷物は先に下に持って行ってしまいますね」

 フェリは部屋の隅に準備しておいたシオンの荷物をひょいと持ち上げる。

「自分で持っていくよ」

「大丈夫です、シオン様も準備ができましたらエントランスの方に来てください」

 フェリは一礼して部屋を出て行った。

 残されたシオンは姿見の前で再度身なりを確認する。大丈夫そうだ。鏡の中で黒髪の少年が小さく頷く。


 『銀亭』の事件からもう半月以上の日が経ち、いよいよシオンが学院に通うため王都に向かう日がやってきていた。

「シオンお兄さま!」

 エントランスに向かうと、既に待っていたリアに見つかりすぐさま右手を握られる。

「えへへ」

 頭を優しく撫でて上げるとリアは嬉しそうに口元を緩ませる。

「シオン様、リア様、馬車の用意ができました」

「わかった、リア行こうか」

「はい!」

 フェリの案内に続いて庭に出る。

「おっ、来たか」

 ブルーノが声を上げる。

「これでシオンもリアも王都に行っちまうのか、寂しくなるな」

「長い休みの時は必ず帰るようにします」

「おう、待ってるぜ」

 ブルーノはシオンに向けて笑いかける。

「ミヒャエルも見送りたかっただろうな」

「お仕事なのでしょうがないです。大変みたいですし……」

 ミヒャエルは領内の別の街で内政の仕事をしていて、どうしても調整がつかず見送りできないと2日前に手紙を貰っていた。次に会えるのは夏季の長期休暇になるからまだだいぶ先になる。

「シオン様」

 シオンが振り返ると、そこには車いすに乗ったゲオルグがいた。


「ゲオルグさん! もう外に出て大丈夫なんですか⁉」

 シオンが駆け寄るとゲオルグは嬉しそうに目を細める。

「いやいや、これ以上部屋に閉じこもっていたら逆に元気がなくなってしまいますよ」

 快活に笑っているゲオルグの足が視界に入る。『銀亭』の件でゲオルグは両足の腱を切られ、もう二度と歩けないようになっていた。

「シオン様、せっかくの門出の日にそんな顔をしてはいけませんよ」

「でも……」

「騎士に怪我はつきもの。ましていつ命を落としてもおかしくありません。それが足が動かなくなっただけで済み、シオン様の門出をこの目で見れる。それだけで十分ですよ。それにシオン様の考案したこの車いすのおかげで、思ったよりも不便ではありませんし」

 ゲオルグはそう言って器用に車いすでくるくると回ってみせる。

「そうだぜ、シオン。それに現役は引退したが、ゲオルグには騎士たちを鍛える教官としてこれからも当分働いてもらうしな」

「ブルーノ様、お任せください。王国内でも随一と言われるぐらい精強な騎士団に鍛え上げますので」

「そいつは楽しみだな」

 愉快そうに笑う二人に釣られて、シオンの強張りかけた顔に笑みが戻る。

「クリストフの奴も最近さらに頑張っているようだしな」

「ええ、あの一件で成長してくれたみたいで……」


 リアを担いで『銀亭』から守り切ったクリストフは、あの一件以降、横柄な態度が少なくなり誰よりも研鑽を積むようになったらしい。曰く、目的が変わったからとのこと。なんにせよ、その姿に他の騎士たちも発奮して騎士団全体がいい方向に進んでいるのはいいことだ。


「シオン様もDランクの冒険者になったとか」

「おうよ、それも俺と並んでギルドの最年少記録タイで! 流石俺の弟だよ!」

 ブルーノは嬉しそうにシオンの頭をぐしゃぐしゃに撫でるから折角セットした髪がぼさぼさになってしまう。

「ブルーノ兄さんやめてください」

「いいじゃねぇか、これから当分会えなくなるんだしよ」

 体を捻り逃げようとするシオンを片手で抱き上げなおも頭を撫で続ける。


「ブルーノ様、グレナ様たちがお見えになりました」

「相変わらず兄弟仲が良さそうだな」

 アルベルトの案内で庭にやってきたのはギルドマスターのグレナとシオンの専属担当であるニーナだった。

「そりゃ俺とシオンが兄弟で一番中で良いからな」

「いえ、一番はリアとシオンお兄さまです!」

 ぷくっと頬を膨らませてリアが抗議するが、それがあまりにも可愛らしくてみんな笑ってしまう。いつも無表情のニーナですらほんのりと口角が上がっていた。


「ところでどうしてグレナさんとニーナさんが?」

「シオン聞いてないのか? 私はブルーノにちゃんと伝えていたけど……」

 ぎろりとグレナがブルーノを睨む。

「ああ、すまん、忘れてたわ」

「はぁ、これが領主になると思ったら先が思いやられるねぇ」

 グレナは深いため息をつくとシオンに向き直る。

「シオン、お前が王都でも冒険者として活躍できるように、ニーナも王都に行くことになっているんだよ」

「そうだったんですね。でも、ニーナさんいいんですか? こっちでの仕事もあったんじゃ……」

「大丈夫だよ、そこらへんは他の奴に振り分けてるし、何より将来有望な冒険者を他のギルドに転籍されるわけにはいかないからね。なあ、ニーナ」

「はい、問題ありません」

「それにシオンも初対面の奴より多少なりとも気心が知れた相手の方がやりやすいだろ?」

「それはもちろん、そうですけど」

「なら細かいことは気にするな。王都のギルドにももう根回しは済んでるしね」


「皆様、流石にそろそろ出発しないと……」

 そう口にしたのはエラだった。

「そうだな、シオン頑張って来いよ」

「はい」

「シオン、ニーナのこと頼むよ」

「はい」

「だってよ、良かったなニーナ。頼まれてくれるってよ」

 にやにやと笑みを浮かべるグレナを無視してニーナはシオンに近づく。

「その、シオンくん、王都でもよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。ニーナさん」

「……うん」

 ニーナは少しだけほっとしたような表情を見せて馬車に乗り込む。

「シオンお兄さま」

「どうしたのリア?」

「あまり広げ過ぎないでくださいね?」

「えっ?」

 言葉の意味を理解できずぽかんとするシオンをよそにリアも馬車に乗り込んでいく。その後ろではグレナが「大したお嬢様だ」と感心していた。


「シオン様、フェリに馬車内で食べられる昼食を持たせておきましたので」

「エラさん、ありがとうございます」

「いえ、シオン様いってらっしゃいませ」

「はい、行ってきます!」

 王都の学院、どんなところなんだろう。期待と不安を膨らませながら、シオンたちを乗せた馬車は護衛の数名の騎士たちと共に王都に向けて進み始めた。


 

 

 

 

 

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