第128話 少年期 カフェでの接客⑥
「これはどういうことか説明してくれるよね?」
柔らかい表情とは反対に彼女の声は絶対零度のように冷たい。
「これは、その……セシリー先輩のお手伝いを……」
「そうね、本人から少し前に教えて貰ったわ」
やっぱりセシリー先輩が宣伝してたのか!
バッグヤードから顔だけ出して様子を伺っていた彼女にジト目を向ける。彼女はそれを見て、てへっとしながら両手を合わせてくる。そんなことをはいいので何かフォローをしてくださいよ。
「それで、何でシオンがラウラの上でパンケーキを食べさせて貰ってるのかな?」
「それは、その……メニューみたいな……」
「この店のメニューにお客さんの膝の上に座って食べさせてもらうなんてなかったけど?」
「……」
メニュー表をばんと広げられる。確かにそこには載っていない。と言うか、メニューにそもそもない。
「ラウラー、私たちはそろそろ帰ろっかー」
「そ、そうだな。余り長居しても悪いしな」
「えっ!?」
ちょっと2人ともっ!?
シオンが助けを求める視線を送るも、2人は気づかないふりをしながらテキパキと動き、レジの方に向かっていく。その途中で戻ってきたナタリー先輩も瞬時に状況を察したのか、そのまま2人の元に向かい退店してしまう。
いよいよ手がなくなった。もう怒られる流れしか見えない。いや待てよ、他の人が指名してくれたら少なくとも今は助かるんじゃ……。
「ねぇ、セシリー」
「ティアナ先輩、どうかしました?」
まるで名前を呼ばれていま来たことに気づいたという体でセシリーがティアナの前までやってくる。
「はい」
ティアナは彼女の手のひらにじゃらじゃらと金貨を乗せていく。
「この時間からシオンは私たちの貸し切りでいいわよね?」
セシリー先輩は腐っても商人の娘。そんなお金にものを言わせるような行動を許すはずが……。
「もちろんですよ!」
満面の笑みだった。それどころか目が金貨になってる。
「ありがとう」
ティアナは優雅に微笑むとその視線を僕に向け直す。
「シオン行きましょうか?」
「シオン君、一番奥の7番テーブルが空いてるから……その、頑張って……」
「ありがとう、ございます」
店員さんの励ましに頷きつつ、シオンは3人をテーブルに案内していった。
「あの、ティアナ姉さん?」
「なにシオン?」
「僕何処に座れば……」
4人掛けのテーブルに着くや否や、ティアナが他の店員を呼びつけ「この椅子は必要ないから移動させてくれますか?」とお願いしたのだ。
当然のように椅子は撤去されそれぞれに3人が座っている。
「……」
「……」
「フェリ見て、メニューがたくさんある!」
「そうですね、どれを頼むか迷ってしまいますね」
その横ではリアとフェリが楽しそうにメニューを眺めている。
「シオン、さっき何処に座ってたの?」
「……ラウラ先輩の膝の上です」
「なら、どこに座ればいいかすぐにわかるよね?」
「……はい」
シオンはおずおずとティアナの膝の上にちょこんと座る。
「それじゃあ落ちちゃうでしょ」
後ろからティアナが手を回してくる。背中に当たる柔らかな感触にシオンの顔が赤く染まっていく。
「どうしたの、シオン。そんなに顔を真っ赤にして。さっきまでやってたじゃない」
抱きかかえたシオンの肩から覗かせるように顔を近づけてくる。
「それは……」
能動的にやるのとやられるのとではわけが違う。まして、さっきまではそういう役なんだと自分に言い聞かせてたし。何よりラウラ先輩の時はこんな背中を預けるように座っていない。
「……まったく」
「ティアナお姉さま、私とフェリは決まりました」
「じゃあ注文しましょうか?」
ティアナが店員を呼び注文していく。当然その間もシオンは彼女の膝の上に乗ったままだ。
「その、ティアナ姉さん?」
「お姉ちゃんでしょ?」
「ティアナお姉ちゃん」
「なに、シオン?」
「いつまでこのままなんでしょうか」
彼女たちが入店してから既に40分。シオンは未だティアナの膝の上に座らされたままだった。
「……全く、今後外でさっきみたいなことはしないって約束できる?」
「はい」
しっかりと答えたのになんでジト目で見られてるんだろう……。
「しょうがないわね」
ティアナの言葉にほっと胸を撫で下ろす。これで普通の席に……。
「次はリアのところね」
「えっ?」
今なんと?
「シオンお兄さま!」
リアが椅子から降りながら満面の笑みをこちらに向けてくる。
うん、これは仕方ない。
シオンはリアの座っていた椅子に腰かける。すると「えい」と言う可愛らしい掛け声と共にその上にリアが座ってくる。
「お兄さま、あーん」
「うん、はい」
大きく口を開けてきたので彼女のパンケーキを小さく切って口に運ぶ。
「おいしい?」
「はい♪」
「よかった」
ダメージを受け続けていた胸にリアの笑顔が刺さる。
「そうだ、シオンお兄さま」
リアが見上げるように顔を向けてくる。
「ん、どうかした?」
「お姉ちゃんはいっぱいいてもいいですけど、妹を増やそうとしたら……わかってますよね♪」
「……」
救いの地はここじゃなかった。
「じゃあ、最後にフェリね」
リアを膝の上に乗せて暫くしていよいよ最後の指令がきた。
「し、シオン様どうぞ!」
背筋をピンと伸ばしながらフェリが口を開く。見るからに緊張している。
「フェリ、無理してない?」
僕の問いかけにフェリはぶんぶんと首を横に振る。
「じゃあ、失礼します」
断りを入れてからフェリの膝の上に座る。
「ど、どうですか? 座りにくいとかないですか?」
「そんなことないよ。フェリこそ重かったりしない? 辛かったらすぐに降り……」
「大丈夫です」
「そ、そっか」
そんな食い気味に否定された。
「ふふっ」
「フェリ、良かったね」
その様子を妹と姉が微笑ましそうに眺めてくる。
この時フェリの尻尾は未だかつてないほど高速にぶんぶんと揺れていたのだが、幸か不幸か本人とフェリに抱えられているシオンの2人だけ気づいていなかった。
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