第90話 少年期 狩人たち

「ダインは?」

「そう言えばまだ来てないわね」

 ラウラの言葉にカミラが同調する。


「ああー、ダインはラウラ先輩がくる少し前にきてー、急用で行けなくなったって伝えておいてくれー、って言われましたー」

 これまでの流れから予測するとその人が前にあった男子生徒の事だろう。がっちりした体格でスポーツマンみたいな見た目だった。


「そうか、なら今日はこの3人とシオンで校内の巡回をしていく」

「ええ」

「わかりましたー」

「はい」

 カミラ、ラナ、シオンの順に返事をする。


「今日は2、2で分かれないのね」

 風紀委員会の腕章を右肩につけながらカミラがラウラに尋ねる。

「ダインがいたならそれも考えたが今日は一緒の方がいいだろう」 


 それに、ラウラは視線を移す。そこにいるのはシオンを質問攻めしまくっているラナだ。分けるとなったらラナは間違いなくシオンと一緒がいいと駄々をこねるだろう。一緒じゃないならボイコットすると言い出してきてもおかしくない。


「確かに、その方が良さそうね」

 カミラもその様子を見て納得する。

「前から思っていたんだが、どうしてラナは風紀委員会に入ったんだ?」

「ラウラ知らなかったの?」

「何をだ?」

「あの子が風紀委員会に入ったのは、その時好きな人が風紀委員会に入ろうとしてたからよ。まぁ、その子は落ちて試験に受かったのはダインとラナだったんだけど」


 風紀委員会の試験は他の委員会と比べてもかなり難しいと言われている。武力はもちろんのこと、知識、判断力など、あらゆる状況に対応できなければいけないため、様々な能力を求められるからだ。


 もちろん、その分恩恵も大きい。風紀委員会に入ることが出来れば卒業後はほぼ100%大貴族の私兵か、王都の騎士団に入団できると言われている。その為、家督を継げない貴族の生徒や、平民で入学した生徒たちが将来を見越してこぞって試験を受けにくるのだ。


 当然、そのために彼ら、彼女らは相応の準備をして受けに来る。そんな中、ラナは好きな人が風紀委員会に入るから、という理由だけで何の準備もなく試験を受け、見事合格を勝ち取ったある意味超人だったりする。


「そうだったのか……」

 ラウラは理由を聞いたことに後悔していた。

「あの子、ああ見えて頭も切れるし、武力も凄いのよね……」

「それはまあ」


 これまで何度も一緒に仕事をしているから彼女が優秀なことはわかっている。だからこそやるせないのだ。


「そういえば、ラナは結局好きだった人と付き合わなかったのか?」

 ふと気になりラウラが尋ねる。

「あんな簡単な試験に落ちるような人だと思わなかった。だからさめた。って言ってたわ」

「そうか……」

「ええ、そろそろ行く?」

「そうだな」

 先輩2人はシオンとラナに声をかけた。


「シオン君、好きな食べ物は?」

「好きなタイプは?」

「年上は恋愛対象になる?」

「好きな服装は?」

「デートするならどこに行きたい?」

「胸は大きい方がいい?」

「えっ、その……」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問と共にどんどんとラナが顔を近づけてくる。制服の隙間から下着が見えそうになっていてシオンは視線を合わせられない。


「シオン君、どうして目を合わせてくれないの?」

「ラナ先輩、近いです」

「私は気にしないよ?」

 ラナはシオンの太ももに手を乗せながらますます距離を詰める。

「それに、……胸元が」

「えっ?」


 ラナは下を向くと、首元から下着が見えそうになっていることに気づき、恥ずかしがるどころか嬉しそうな顔に変わる。


「気になっちゃうんだ♪ いいんだよ、シオン君は見ても」

 ラナがシャツのボタンを一つ開ける。つい目がいってしまい、黒色の下着が視界に入る。リンゴのように顔を赤くしたシオンにラナの気分が高揚する。


「下着見て、興奮しちゃった? 見るだけじゃなくてシオン君なら触っても……」

 ラナはシオンの手を掴むとそのまま胸元に……。


「何をやってる!?」

「いたーい!」

 バチンと小気味いい音が室内に響いた。


「ラウラ先輩、何するんですかー」

 目元に涙を浮かべ、叩かれた頭を両手で押さえながらラナが睨みつける。

「それはこっちのセリフだ! ここを何処だと思ってる!」

 ラウラが顔を真っ赤にしながら声を荒げる。


「どこって風紀委員会室ですよ」

 ラナはけろっと答える。

「そう言うことを言ってるんじゃない!」

「まあまあ、ラウラ、落ち着いて」

 カミラがなだめに入る。

「だが、カミラも見ただろう、あ、あんな、ふしだらなこと」

「えー、ふしだらって、ちょっと下着を見せただけじゃないですかー。ラウラ先輩純情すぎー」

「なっ!」

 

「ラウラが純情なのは確かだけど、ラナ、あなたもさっきのはやりすぎよ。ここは学院で私たちは風紀委員なんだから」

「えー」

 ラナが唇と尖らせた。一方のラウラはカミラにも純情だと言い切られ人知れず落ち込んでいる。


「でも、学外だったら好きにすればいいと思うわ。プライベートなんだから」

 テンションが下がりかけていたラナが復活する。

「カミラ先輩、ほんとですか?」

「ええ、それでいいわよね、ラウラ」

「好きにしてくれ……」

 ラウラは頭を垂れながら投げやりに答える。


「シオン君、今度私とデートしてくれる?」

 上目遣いでラナが尋ねてくる。

「は、はい、タイミングがあったら」

 蛇に睨まれた蛙のようにシオンはこくこくと首を縦に振る。

「ほんと!? やったー!」

「ほら、ラナ巡回の準備をしなさい」

「はーい」

 機嫌を良くしたラナが手際よく準備を始める。ようやく解放されたシオンがほっと息を吐く。


「シオン君、ラナの相手大変だったでしょ。腕章つけてあげるからじっとしててね」

 カミラはシオンの右腕に風紀委員の腕章を付ける。


「私ともデートしましょうね。楽しませてあげるから」

「……っ!」

 耳元で囁かれる。余裕のある微笑を見せてカミラがすっと離れる。


「ラウラ、そろそろ行かないと」

「あっ、ああ、そうだな。それじゃあ行くとしよう」

 何とか持ち直したラウラの号令の元、一行は部屋を後にする。


 風紀委員会、色々と凄い……。

 シオンは漠然と思った。

 

 




 

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