第113話 少年期 交渉②

「それで、一体どんな代案なんだい?」

「こちらを」

 事前の打ち合わせ通りセシリーは1枚の用紙をロッソに手渡した。そこには風紀委員会、美化委員会で使用するアイテムと平均単価が書かれている。


「これは?」

「学院の風紀委員会、美化委員会が1月に使用するアイテムの一覧です。これまでこれらアイテムについてはその都度安いところから委員会毎購入していました。それをブレッチア商会からまとめて購入するように変更します」

「期間は?」

「よほど法外な値段で売りつけようとしない限りは永年と思っていただいて構いません」

 セシリーが答える。


 学院の委員会で使用するものだ。正直言って、一つ一つの単価はかなり低い。それでも毎月必ずこれだけの量が売れるというのは悪くないはずだ。


「ふむ、悪くないけど、これだけじゃ話にならへんな」

 ロッソは用紙をテーブルに置いた。

「もちろん、それだけじゃありません。次はこちらです」

「えっと、シオン・ローゼンベルグとスポンサー契約?」


 ロッソが目をやるとシオンは恥ずかしそうに顔を俯かせる。この案は正直いらないと思っていたのだが、セシリーは商品として価値があると言い張り、追加することになっていた。


「彼は12歳にして既にDランクの冒険者です。このペースで成長していければAランク、さらに言えばSランクまで行く可能性があります」

 セシリーが続ける。

「その年でDランクの冒険者っちゅうのは凄いとは思うけど、このまま成長していくかわからへんやないか」

「その通りですが、もしAランクやSランクの冒険者になった後でスポンサー契約しようと思ったらかなりの大金が必要になりますよ」


 Aランク以上の高位の冒険者のほとんどは貴族や商会とスポンサー契約を結ぶことが多い。冒険者からしたら契約することで必要な道具などを無償で提供して貰えるし、契約料が貰える。


 反対にスポンサー側からしたら高位の冒険者が商会の商品を使うことで宣伝になるし、魔物の討伐依頼などの指名依頼についてかかる指名料がタダになる。もちろんお互いの契約内容によって中身に差異は出てくるが、おおむねそう言ったものだ。


 Aランクの冒険者とスポンサー契約しようと思ったら、1年間で大金貨5枚、Sランク冒険者になれば20枚は必要とされている。だから商会や貴族によってはCランク、Bランク時点で見込みのありそうな冒険者と早めに契約を交わすといった青田買いをしているところも存在している。


「今シオン君と契約を結んだ場合、Aランクに行っても契約料は1年間で大金貨1枚、Sランクでも大金貨5枚で契約できるようになります。それにCランクまでの契約料は無料です」

「……なるほど、つまり君が成長性に賭けろとそう言いたいわけか」

 ロッソは契約内容が書かれた用紙を一瞥してから値踏みするようにシオンをつま先からてっぺんまで眺める。


「私はギャンブラーじゃなくて商人や。これだけ不確定要素が多いものに手を出すと……」

「時には勝負にでなきゃいけないこともある」

 セシリーが遮るように口を挟んだ。


「商人である私の父はそう教えてくれたことがありました」

「……」

「……」

「……はぁ」

 ロッソはやれやれと首を横に振る。


「確かにそれぞれ魅力的な提案と言えなくもないけど、仮に先の委員会の購入物をうちの商会からまとめて買うようにする話で、大金貨5枚分の価値。シオン君が有名な冒険者になるという将来性への価値が大金貨15枚分の価値」

 ロッソは頭の中でそろばんをはじきながら口を開いていく。


「合わせて大金貨20枚分の価値にしかならへん。持ってきた額を合わせても大金貨144枚とちょっと。さっきも言った通り、この万能薬を手に入れるために大金貨150枚かかってる。残りの差額についてはどうするつもりや?」

「なら、そこに僕が宣伝するということを足したらどうですかね?」


 突然ドアの方から声が聞こえた。

 ……なんでっ!?

 シオンが顔を向けるとそこには護衛の騎士を連れたフェリクスが微笑を浮かべながら立っていた。


「王位継承権第3位とは言え僕はこの国の王子だからね、王子が御用達と言えば箔が付くと思いますよ?」

 フェリクスはシオンの隣に腰かけると、ウインクしてみせる。

「いやいや、王子様を商売に使うなんて恐れ多くてできませんわ」

 流石商人と言うべきか。急に現れたフェリクスに対してもロッソは顔色一つ変えることなく対応してみせた。


「なら、月一でお店に向かいますよ。そうすれば後は勝手に噂が広がってくれるんじゃないですか?」

「……」

「最後にこちらを……」

 セシリーは最後に残していた紙をロッソの前に置く。


「この件に賛同してくれた貴族の子息たちの名前です。それに彼ら彼女らが学院内で商会の宣伝をしてくれることになってます」

「……ほう」

 ロッソは糸目を開き、用紙に書かれている名前を1人1人確認していく。


「ロッソさん」

 考え込んでいるロッソに向かってシオンが声をかけた。予定にない行動にセシリーが止めに入ろうとするのをフェリクスが抑える。

「詳しい理由を伝えることはできませんが、僕にはどうしてもこの万能薬が必要なんです」

 まっすぐにロッソを見つめる。


「無理なことを言っているのは100も承知です。でも、それでもこの万能薬を売ってください。お願いします」

「……」

 時計の秒針が動く音がはっきりと聞こえるぐらい沈黙が室内を包む。


 永久にも感じるような数十秒の時間を経て、ロッソは大きなため息をついた。

 シオンはびくりと体を震わせる。


「シオン君、顔を上げてくれるか?」

 言われた通りシオンは恐る恐る顔を上げると、ロッソは万能薬をそっとシオンの方に置いた。


「交渉成立や」

 


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